学長Blog★対談シリーズVol.11 生涯就業力国際シンポジウム前の鼎談(ていだん)で

2017年08月21日

座談会 金 恩實(キム・ウンシル)(梨花女子大学教授、アジア女性学センター長)
内海 房子(国立女性教育会館理事長
司会 大日向 雅美(恵泉女学園大学学長)
通訳 李 泳 采(恵泉女学園大学 国際社会学科准教授)
日時 2017年717日(10時~11時)

大日向

今日はお忙しい中、そして、お暑い中、キム先生、内海先生にいらしていただきまして、本当に有難うございます。先ほど、梨花女子大学はキム先生主催の大きなイベントもなさっている最中と伺いました。
そのような時に恵泉のシンポジウムにいらしてくださいましたこと、感謝申し上げます。
本日は午後にシンポジウムが予定されております。その前にお二方とご一緒に語り合うひとときをもたせていただければと思いまして、この鼎談を企画いたしました。

まず、なぜジェンダーの問題に取り組もうとされたのか、そのきっかけについてお二人にお伺いいたします。

キム

最初はジェンダーの問題というより、社会に対する研究でした。社会でなぜ人々はこういう行動をするのか、こういう考え方を持つのかに興味があったわけです。例えば会合に行くと、いつも聞いているのは女性で、話をしているのはほとんど男性。私自身を考えてみても、自分が尊敬している人はほとんど男性が多かったわけです。
最初は、これは女性個人の問題で、構造的な問題だとは思っていませんでした。しかし女性学に関する本を読んでみて驚きました。歴史的な問題、男女差別の問題は社会構造的な問題であることに気づきました。
私の専門は人類学ですが、人間はなぜこういう行動をとるのかという関心が、やがてなぜ人類は女性と男性に区別され、歴史的な役割が配置されているのか、偉大な思想家は男性ばかりで、なぜ女性がそういうふうになれなかったのか、というような問題に興味を持ったことがジェンダーへの関心へとつながったわけです。

大日向

人類学の「人(ひと)」は人間ではなく、男性だけだったという疑問がスタートだったということですね。
内海先生は日本の男女共同参画推進のシンボルタワー(国立女性教育会館)のトップにいらっしゃいますが、なぜジェンダーに関心をお持ちになられたのですか。企業人でいらっしゃいましたね。

内海

私が働き始めたのは1970年代に入ったばかりの頃です。当時の会社はどこもそうだったと思うのですが、男性が主だった仕事をして、女性はその支援、補助的な仕事をするというのが普通でした。そこに私自身は技術職として採用されましたが、技術職でも男性と女性の扱いはずいぶん違っていましたので、女の人には上に立つ仕事はさせてもらえないのではないかと悩んだ時期がありました。そして、自然にジェンダー問題に首をつっこむことになりました。

大日向

韓国と日本で国が違い、研究者と企業人という活躍するフィールドも違いますが、共通していたことは、なぜ男性と女性がこうも大きなギャップの中におかれているのか、ということへの問題意識だったのですね。
それからほぼ40年近くが経ったわけですが、この間、女性と男性の置かれている環境は変わってきていますか?

キム

制度と法はかなり変わったと思っています。ただ、実質的な生き方、文化的な生き方などの質的なところはほとんど変わっていないと思います。しかし、今は平等な社会になったと考えている人が多いので、逆に不平等なことに関しては個人的な問題だと言われることがあります。ですから、今、韓国の若い女性世代は、不平等な問題にとても感情的になっていて、戦いたいという意識をもつ人々まで出てきています。
そのきっかけは、2015年に起きたある事件でしたが、それが韓国社会で今、ジェンダー戦争 (Gender War) を引き起こしています。若い女性たちがSNSで強くこの問題に関して訴え続けています。この世代は生まれたときから社会は男女平等であると教えられ、実際にそうであると思って育ったのですが、社会に出たとたん、不平等な社会であることに気づいたということです。男女関係も恋愛関係も結婚も、問題が多すぎる。それをインターネットを通して感情を爆発させているのが今の韓国の現状です。
制度も法律も整備され、少子化の中で非常に大切に育てられた世代、教育も十分に受けて、平等な市民社会になっていたはずなのに、実は社会に出てみたら、女性は市民扱いされていないし、会社でも恋愛関係でも非常に不平等な扱いがあることに、新しい世代が今挑戦しようとしているということです。

内海

日本も状況は似ていると思いますね。1985年に男女雇用機会均等法が成立して、翌年から施行されましたが、当時から法律としてはまだ完成されていない(それは法律を成立させるためにやむを得なかったのですが)ところがあり、改正を重ねてようやく去年、女性活躍推進法に結びついたと思っています。そういう意味では制度も法律も整ってきているとはいえ、会社の中の風土とか、社会の皆さんの意識だとか、それはあまり変わってないというところがあり、そのことが、女性が男性と同じように活躍しようと思ってもしにくい社会になっているのだなと感じます。

大日向

生まれたときから平等幻想にどっぷりつかってきたという点では日本も韓国も同じかと思います。日常的に女性が胸を痛めざるを得ない出来事がいっぱいあることも共通していると思います。ただ、韓国の若い女性たちは立ちあがった。一方、日本はというと、なかなか立ち上がらない。その違いは何なのかを考えたいと思いますが、そもそも、きっかけとなった事件とはどのようなものだったのですか。

キム

2000年代になると韓国は新自由主義グローバル格差社会になります。男女の区別なく、解雇がほぼ日常化されていきました。男性たちから見ると、解雇となると自分たちは切り捨てられるのに、逆に女性は男女雇用平等法もあって、守られているように見えてしまう。そのようなこともあって、男性たちが高等教育を受けた女性に対して劣等感と敵意を持って攻撃するようになったので、2010年から2014年までの間に女性団体などはそのような問題に対する制度的な整備を要求していたのですが、ほとんど解決できませんでした。そんな中2015年、インターネットの中に強い女性の集団が現れました。男性たちをひどくからかったり挑発したりして攻撃する"ネガリア"と呼ばれる女性団体なのですが、これがネット上で男性グループと激しい戦闘状態になるので、結局このグループは解体させられる状況になりました。
しかし、その同じ頃に江南(カンナム)という、韓国で裕福な人たちが往来する場所で若い女性が刺されて死亡するという事件が起こります。この事件が女性一般に対する攻撃として捉えられて、若い女性たちの運動となり、韓国社会の新しいフェミニズムとしてうねりを起こしているのです。

内海

韓国の女性は強いですね。日本の女性は怒らない、爆発しない。その前にあきらめてしまう。たとえば家事も育児も全部自分で背負ってしまって、仕事との両立が難しくて仕事を辞めてしまうというケースが多いわけですが、なぜこんなに自分一人で背負わなくちゃいけないのと思いながらも、パートナーにそれを強く言えない。アメリカのある夫婦の話ですが、妻が「なんで私ばかりこんなこと考えなきゃいけないのか」と爆発したところ、「自分はこんなに家事も育児も手伝っていると思っていたけれども、手伝っているだけではだめで、ヘルプじゃなくてシェアなんだ」と夫が気づいたとか。そのきっかけは、女性の怒りです。
日本の女性はぐっと我慢してあきらめてしまって、自分でやった方が早い、夫にこれやって、あれやってと頼むより、自分がやったほうが早いわ、といって自分でやってしまう。この辺がちょっと違うのかな、と思いました。

キム

韓国は80年代から民主化運動をやって、90年代、いわゆる国民政府、市民政府などを自ら作った記憶があります。国民自らが社会を変えた、あるいは犠牲を払って貢献したという意識が強い中、ノーベル平和賞をもらった金大中政権、あるいは盧武鉉が民主政権を作りました。その中で90年代、女性運動は非常に活発になり、2000年代保守政権に交代しても、女性の活動家には社会に対して私たちがここまで作ってきたという自負心があり、少し弱くなったとしても様々な社会的企業の中に実は女性運動が存在しています。その経験、記録などを今の世代も読むことができるので、そうすると今の社会の後退に関しても、また何かが出来るんだという女性の強い意識が働く、継承できる段階に韓国はあるのではないかと思います。
ですから、女性がもっと社会に参加出来るようにするためには、テキストとか知識がもっと必要なのですが、女性たちのこうした経験が社会や世界的企業などで活かされるような環境を早い時期から経験することが非常に大事だと思います。特に若い女性が新しい環境でなにができるのか、社会に出る前に想像力を持たせる、そういうような教育が大学の中で必要ではないかと思います。

大日向

日本と韓国、女性の置かれている状況が似ているようでいて、問題に立ち向かう人々の意識とエネルギーが全然違うようですね。韓国の女性たちには社会を作ってきたという自負があるのですね。一方、日本はなかなかそれをもてていないのかもしれません。それはなぜなのか、考え続けなければいけない宿題をいただいたように思います。
特にキム先生が言われたように、若い世代の女性たちが社会に出て何ができるのか、社会に出る前に想像力を持たせる教育が大学の中で必要だというご指摘にはとても頷くものがあります。

そこで、午後のシンポジウムにも関連しますが、女性の高等教育機関としての女子大の役割に話題を移してみたいと思います。女性は社会にでてから様々な経験をするわけです。そのときにどう対処したらよいのかについて在学中から想像力と知識を養うことが大切だと、まさに今、恵泉女学園大学は考えています。そこで「生涯就業力」の育成という新たな理念を掲げて、生涯にわたって自分らしく、しなやかに、強く生きるための知識と技術、マインドの養成に力を注いでいるわけです。
詳しくは
こうした力を社会にでてから、どう発揮すべきかということですが、日本の企業をご存じの内海先生、いかがですか。

内海

内に秘めたものは持っていると思うのですけども、なかなかそれを出さないのが日本の女性なのかなと思います。よくよく話していると、あぁそんなこと思っていたのかというときもあるのですが、普段の様子からはぜんぜんそれがわからないというような、そんな人が多いような気がします。もっと掘り起こして、自分自身もそういうことに気がついていないような人も、自分にこんな熱い思いがあったのかとか、こんなエネルギーをもっていたのかとか、そういう気持ちをまず掘り起こしてはと思うのです。

大日向

女性が声を上げるということでは、最近、保育園に子ども預けて働きたいと思っていたお母さんが、待機児童問題がおきて保育園に入れなかったという怒りのブログを書きました。それがSNSで広まって、国会前でデモをやって政府を動かしています。ただ一方で、「そんなにまでして、なぜ子どもが小さいときに働くの?」という反発の声も一部に起きていることも事実ですし、専業主婦の人の中には、働くことへの支援ばかりが行き渡って、私たちは社会に役に立たないと言われているみたいと嘆く声もあります。さきほどキム先生がおっしゃっていた、一人の女性が刺されたということをきっかけに、若い女性たちがワーッと立ち上がるという動きは日本社会にはなかなかならない、むしろ分断が先行していると言えなくもありません。
また、日本の政策も巧妙なのでしょうか、保育園を増やすためには財源がかなりかかります。そうするとどこからか、子どもが小さいときはお母さんが育てるのが一番ではないのか、といういわゆる三歳児神話の風が吹いてきたりします。そうすると女性たちは、「私、本当に育休明けで働いていいんだろうか」と苦しみます。社会みんなで保育を支えよう!という動きになりかけては後戻りするようなことがいつも起きていることを残念に思います。

キム

韓国では、たとえば女性が保育園問題で声を挙げたとしますね。すると、その後に韓国の女性知識人がその個人の市民運動をテイクオーバー(引き継いで)、それを女性団体などにつなげます。女性団体がそれを問題だと思ったら、国会議員を捜して結局国会議員にも圧力をかける。韓国では女性団体の人々のネットワークがひろく張られています。私の場合も自分の学生がSNSで何か問題を提起すると、少し介入して、それが消えないようにします。女性の知識人にこれは政治化させるべきではないかということを提案して、そういう問題がまた女性団体とつながるようにサポートします。韓国では90年代以降、女性団体の推薦を受けた女性国会議員たちが、結構当選しています。ですからそのネットワークを活かすのが韓国の一つのパターンだと思います。

大日向

テイクオーバーしてくれる知識人というのは、どういう方々ですか?男女問わずいらっしゃるのですね。

キム

もちろんジェンダーギャップ、世代などのギャップはあるのですが、若い人の持つ問題に対して、たとえば私のような古いフェミニストなどでも理解する層がまだいます。そうするとその人々が声を挙げてくれると、男性のパブリックな知識人たちも、そこには加わってくるようになります。

大日向

女性たちの草の根的な声をテイクオーバーして、取り上げて社会を動かす中間組織の働きは重要ですね。ヌエック(国立女性教育会館)にも期待したいと思います。

内海

ヌエックは若い人達がのびのびとその能力を発揮することのできる社会を築くという役割を担っています。大きな目標ですが、一歩一歩前進していきたいと思っています。そのためには、いろいろな調査研究を通して実態を正しく把握することが大切です。事実を正しく見極めて、政策に対する助言が出来ればと思っています。

キム

韓国にも実は様々な悩みと問題があります。たとえば社会が個人主義化されて、すべての面でコストや経済利益が優先されています。そうすると社会公共領域で社会正義を訴えるということ自体が、昔と比べて非常に周縁化されたり意味合いが変わってきたりして、社会的支援がだんだん薄くなってきます。フェミニストの人々や知識人たちが声を挙げても、それはあなたたちのビジネスだという形で、結局周縁化されてしまう。そういう課題にどういう形で対応していくのかという悩みもあります。
だからこそ、シニアの女性、フェミニストたち、運動家たちが、若い人々が改めて提案している女性問題、男女問題に一緒に結合して、その人々のエネルギーを今までの経験と一緒にあわせて、新しい何か、突破口をつくることが一番大事ではないかと。

大日向

韓国も日本も、制度や法律はある程度、整備され、女性が活躍できる、あるいはジェンダーギャップをなくす方向にベクトルは確かに向かっています。課題は人々の意識をそこにどうつなぎ、新しい時代に向けて展開していくかですね。今、内海先生がおっしゃったようにデータやエビデンスをしっかり把握し、それに基づいた判断と行動が大切かと思います。また、キム先生には韓国の状況について、とても刺激と示唆に富んだお話をうかがえました。感謝いたします。これまでの時代を築いてきた世代が、その是非を精査しながら、次の世代にバトンを渡していく、それが教育の課題であり、企業現場の役割であり、ひいては社会全体の風土としていく大切さについて、今日は考えさせられました。
午後のシンポジウムでは、こうした話をもとに、さらに広くさまざまなお話を伺えることを楽しみにしております。今日は本当にありがとうございました。

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