「多様な女子」の受け入れについて

2017年08月14日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

「多様な女子」とは、生まれた時の性別は男性であるが、心の性別が女性というトランスジェンダーの学生を意味します。いくつかの女子大がこのトランスジェンダーの学生の受け入れの方向で検討を始めたことが、アンケートを実施するきっかけのようでした。
その結果を報じた記事が6月19日をはじめ3回にわたって掲載されました。

このうちの7月1日に私の自由記述の回答の一部分が紹介されたこともあって、この記事を一つの題材として、7月末に開催された教授会で懇談を行いました。

次々と手があがり、活発な意見が交わされました。
恵泉にはかつて性的マイノリティの人権を尊重する視点で研究をしていた教員(故:荒井英子先生)がいたこともあって、その先生への思いを新たにする教員も少なくありませんでした。
また性的マイノリティだけでなく、障がい者や社会的弱者の立場に立った研究や活動をしている教員が恵泉には多いことも、議論を活発にした要因の一つだと思います。

この問題は当然、前向きに検討すべき大切なことだとする意見でほぼ共通していましたが、一人ひとりの思いはそれぞれに深く、多岐にわたるものでもありました。

たとえば、かつて自身も偏見があったという教員は正直に吐露したうえで、自分がなぜそれを克服できたのか、それは「なぜあなたはヘテロセクシャルなのか?」と聞かれて答えられなかったからだと言います。すべての教職員がまず自分の偏見と率直に向き合うべきではないかという意見でした。

また、一言でトランスジェンダーと言っても、当事者の方々の状況は実に多様であることを十分に考慮して検討すべきであるという意見は、少数民族の研究をしている教員から出されました。
受け入れの方向で検討することを賛成としたうえで、同じキャンパスで学ぶ学生とその保護者に理解を求める丁寧な説明が必要ではないかという意見もありました。

この問題は単に学生募集上の問題ではなく、社会での共生のあり方として真摯に議論することが重要だということを改めて確認することができた懇談のひと時でした。
「教授会でこうした議論ができたことは大変良かった。今日の議論をこれからの検討のスタートとしましょう」という司会の副学長の言葉で夏休み前の教授会を閉じることができました。

なお、朝日新聞に紹介された私の回答は一部分でしたので、ここに全文を掲載させていただきます。

トランスジェンダーについて自由記述の設問に対して

(2017/04/25)恵泉女学園大学 学長 大日向雅美

多様性の尊重は恵泉女学園大学の教育理念の柱の一つです。差別や偏見なく隣人を尊重する心を「聖書」の学びに、また、考え方や価値観の違いを越えて広い視野で平和の構築に尽くせる女性の育成を「国際」の学びに求めております。この教育理念は創立者河井道が1929年に掲げて以来、一貫したものであり、特に「国際」では欧米のみならずアジア各地との交流も活発に展開し、世界大学ランキング(2016)においても高い評価をいただいております。

こうした本学の教育理念からして、トランスジェンダーの方々への理解を深めることも当然、大切な教育課題の一つと考えており、従来からジェンダー論関連の講義や授業のいくつかにおいてとりあげられてきております。昨年は本学の「社会・人文学会総会」において、学生からの主体的な提案で、LGBT当事者をお招きした記念講演会も開催されております(『公正さとは~LGBTから考える人にやさしい社会とは~』)。

以上は一例ではありますが、偏見や先入観に縛られないしなやかな知性の育成という本学の教育理念からして、性的少数者の方々への理解の育成・周知徹底は今後とも尽力をしてまいります。

一方、性的少数者の方を本学の入学者として受け入れるか否かに関しては、上記のことと直ちに同列に論じられるか否か、むしろ、別に検討すべき課題もあると考えます。すなわち、性的少数派の方が本学に入学を希望されるとした場合、まずは、何を求めてのことかを問わせていただきたいと考えます。"女性が学ぶ大学"であるということに主眼があり、仮に専攻を希望するものが何かが不問に付されるとしたら、それは学びの専門性を重視する高等教育機関としては議論のあるところかと考えます。さらに、本学が求める入学者は、本学の教育理念に合意し(アドミッション・ポリシー)、それに基づいた学びに努力し(カリキュラム・ポリシー)、その成果を基に卒業後も社会で活躍し貢献する(ディプロマ・ポリシー)ことに合意する人材です。単に心が女性であることだけが入学条件とは考えておりません。この点は性的少数者の方に限らず、すべての受験生に対して公表しているところです。

なお、性的少数者の方が、本学の3つのポリシーに同意されて本学での学びを希望されるということであれば、その受け入れについて検討を行うことは必要と考えます。しかし、それは同時に卒業時点での就職活動支援を一例として、企業等の理解と協力も求めていくことが不可欠であることは言うまでもありません。単なる入試制度の改革にとどまらない社会的改革への覚悟をもって臨まなければならないと考えます。貴社の本アンケートが大学・企業・社会が一体となった社会改革への一歩となり、大きなうねりを喚起していく契機となることを祈念しております。