
※記載されている学年は、派遣時の学年です。
フィリピンについたころはとても緊張していて、クラスになじめるか、マンツーマンクラスの先生とうまくやれるか、ルームメイトと生活できるか、不安だらけでした。しかし、みんなと打ち解けることができ、勉強に生活に充実した楽しいものになりました。親元を初めて長く離れ、外国での初めての寮暮らしという自立した生活は、すべて自分の考えで動くことができ、とても楽しかったです。自信をつけることのできた5週間で、何でもできる、やってやろうという気分でいられました。
交通機関ひとつに乗るのも楽しく、特に友達と一緒だととても楽しかったです。日本から出て初めて見えるものもありました。英語を初めて使う5週間は、英語で外国人と意志疎通ができることの素晴らしさを知り、もっと喋れるようになりたいと思いました。研修後は、TOEICの点数が200点以上も上がるという成果が出て、とても嬉しかったです。
私は今回の6ヶ月にわたる留学生活を通じて様々なことを学び、見直すべき点も多く見つけることができました。留学中には様々な出来事が起きました。中でも一番大きな事件といえば、セウォル号事件だと思います。その事件を通じ韓国社会の闇の部分や改善すべき点、そしてその被害者家族を中心として起こった政府に対してのデモ運動などを代表する行動力や韓国人の団結力などを間近で見ることができました。
留学生活を通じて知り合った韓国人学生や飲食店の社長さんなどの人柄に励まされたことも多くありました。私が知り合った多くの韓国人は留学生である私たちに親切にしてくれ、ひとつでもいい思い出を作っていってほしいと尽くしてくれました。特に日本語学科の学生達は、校内で会うと韓国語、日本語どちらでも挨拶をしてくれて、とても嬉しかったです。また、語学堂の先生方や聖公会日語学科の教授方にも大変お世話になりました。語学堂の先生方には、1学期に2回ある1対1で行う相談の時間に韓国語の学習方法や生活、また帰国してからの就職活動についてなど幅広い事柄について相談に乗っていただきました。語学堂の修了式で皆勤賞と成績優秀賞を同時に受賞し、また7月に韓国で行われた韓国語能力試験(TOPIK)5級を、4級の授業を聞いていた私が取れたことは語学堂の先生方の支援なしにはできなかったことであると思います。自分自身も多くのことを考える機会になった留学でした。
延辺は朝鮮族がいる中国と朝鮮の文化が混ざったおもしろい地域だと聞き、興味を持ちました。その地域では中国語と朝鮮語が公用語であるといいます。昨年夏に韓国語学研修に行った経験と、今年から恵泉で中国語を取り始めたこと、そして朝鮮族の暮らしが気になったことをきっかけに、この延辺中国語学研修に参加しました。恵泉で初めての試みに1人で行くというのは不安や緊張もありましたが、とても貴重な体験ができました
延辺の夏キャンプ2週間コースの、私を含む日本からの学生(2人は明治大学から、そのうち1人は香港からの留学生)は3人だけだったため、新たにクラスが作られることはなく、2週間前から参加していた韓国人とロシア人に合流することになりました。授業は8時に始まり、90分授業が午前中に2コマありました。授業始めに20問ほどの単語小テストを行ない、80点未満は間違いを10回書いて提出という決まりがあったので、どの人も緊張感を持ってテストに臨んでいました。授業の説明は基本的に韓国語で行なわれましたが、私とロシアの子のために英語や少しの日本語での補足もあり、とても助けられました。また、毎日のように太極拳や餃子作りなど様々なアクティビティがあり、楽しく忙しく過ごしました。
今回の研修先のビクトリアは、とても穏やかで明るく、人だけでなく街全体の空気が優しさで溢れていると感じられるところであった。ビクトリアの人の温かさというのは、他とは比べられないほどだと私は感じる。ダウンタウンや学校内できょろきょろしていると、「どこに行きたいの?」と声を掛けてくれ、バスに乗り降りする時、'Hello!''Thank you!'はほとんどの人が言う。毎日そんな優しさに触れていたことで、私自身もすごく穏やかな気持ちになれていたように思う。
ホームステイというのも、ほぼ初めての体験だった。私の場合、行く直前にホームステイ先が変わったので、心の準備があまりできないままホストファミリーと会い、初めは緊張するし、不安もあるしで一カ月過ごす自信を持つことができなかった。しかし、家族皆が沢山話しかけてくれ、わからない時は簡単に言いなおしたりしながらコミュニケーションを取るようにしてくれたおかげであっという間に生活に慣れることができた。私のクラスは日本人が3分の2を占めるクラスで、日本語禁止なのに日本語で話しかけてくる人もいれば、私自身も質問の意図がわからない時は日本語で聞いてしまうこともあったが、思った以上に国際交流できたことへの嬉しさは大きい。