流されてはいけない~政治が介入した子育て論をふりかえって~

2025年07月28日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

この夏、第二次世界大戦終了から80年を迎えます。戦争の惨禍を見つめ、平和な社会の尊さを思い、その実現に向けた真摯な努力を惜しまないことを改めて誓いたいと思います。
そのためには、広島や長崎の原爆投下をはじめとして、国の内外での戦禍の悲惨さを伝え続ける大切さは言うまでもありません。同時に人々はなぜ戦争突入に流されていったのかを見つめることからも、目を反らしてはならないと思います。

この春から放映されているNHK朝の連続小説「あんぱん」が今、話題となっています。子どもたちに人気の漫画「アンパンマン」の作者、やなせたかしさんと妻の暢さんがモデルで、ストーリー展開の巧みさ、個性豊かな俳優陣の演技やセリフを楽しむ声が日々、ネット上をにぎわしています。

そうした中、これまでの連続小説とはやや趣を異にしたのが、戦争のリアルな描き方だとも言われています。やなせさんを取り上げる以上、戦争場面を避けては通れないことは、放送開始前から言われていたことでした。軍隊生活や戦地の過酷な描写はもとよりですが、私にはとりわけ赤紙一枚で死を覚悟して戦地に赴く若者と万歳三唱で送る人々の姿が、毎朝、画面で親しんでいた登場人物たちゆえに、正視し難い思いでした。無念さも悲しみも口にすることが許されない当時の息苦しさと共に、そこに疑問を抱く以前に、忠君愛国たることが人としての誉と信じる人々の姿が描かれていました。

本ブログを執筆している今、ドラマの舞台は、戦後の闇市です。住まいを失い、飢えに苦しみながらも、大人も子どもも懸命に生きようとし始めています。そのエネルギーに心揺さぶられつつも、これほどにたくましいエネルギーを秘めている人々が、なぜ戦争突入をあれほど無抵抗に許してしまったのか、不思議に思えてなりません。

思い出されるのが、この春(4月29日)、NHKラジオ「ラジオテキストが教えてくる戦前の日本」に出演したときのことです。1932年(昭和7年)にNHK大阪中央放送局から放送された家庭教育講座「両親再教育」をジャーナリストの武田砂鉄さんと共に語り合ったことは、本ブログでも報告しましたが、それはまさに子育てや教育に時の政治が介入し、人々が挙国一致で戦争に流されていく大きな流れとなっていったであろうことが想像されるものでした。その怖さは、しかし、はたして戦前の昭和前半のことだけなのかを思うと、いっそう切実に思われます。

NHKのHPより転載

常に社会は「有事」を語るからです。かつては「戦争」、今は「?」。
私たちは常に時代と共に生き、時代の変化を受け入れて生きていく存在です。そうであれば、なおのこと、今、私たちは何に流されようとしているのか、流されてはいけないものは何か、を冷静に見つめる目を持ち続けたいと思います。

NHKラジオ「ラジオテキストが教えてくる戦前の日本」に教えられたことは、「不易流行」の大切さとも言えると考えます。その詳細は熊本日日新聞の『くまにち論壇』(「政治が介入した子育て論」2025年6月29日)に寄稿しました。
熊本日日新聞社のご理解を得て、ここに転載させていただきますので、お読みいただければ幸いです。

*なお、多摩キャンパスはまもなく夏季休暇に入ります。本ブログは9月までお休みさせていただきます。この夏も大変な猛暑・酷暑となることが予想されています。どうぞくれぐれもご自愛くださいますように。