"「おかえり モネ」のおじいちゃんの講演"、素敵でした

2021年11月08日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

先週の火曜日(11月2日)は世田谷キャンパスで恵泉女学園92周年記念式典が行われました。
その記念講演にご登壇くださった畠山重篤先生は「牡蠣養殖家で京都大学フィールド科学教育センター社会連携教授」。私は初対面で存じ上げなかったのですが、講演前のひと時をご一緒させていただいた折、気仙沼で牡蠣を養殖していらっしゃるとうかがって、「NHK連続ドラマ『おかえり モネ』の舞台ですね?」と申し上げたところ、なんと「あのモネのおじいちゃん龍己のモデルは、私だったんですよ!!」とのことでした。

「おかえり モネ」は3.11で被害にあった気仙沼を舞台に、人々が心の傷を抱えながら懸命に生きていく姿を描いて、地味ながら人々の胸に沁みる名場面が多いすばらしいドラマでした。その中で心に残ったシーンについては、ちょうど前々回のこのブログで書かせていただいたところでした

さて、式典の講演舞台に立たれた畠山さんは、開口一番、「学問でも人々の暮らしでも、縦割りが一番いけない。私は海で牡蠣を養殖しているおじいちゃんですが、森に木を植えているんですよ」と語り始められました。

そういえば、ドラマの中でも、こんなセリフがよく流れていました。

  • 山の木の葉が川を伝って海の栄養になり、それがカキの養殖につながっている・・・
  • 昔の漁師は、みんな木に詳しかった。船も漁具も櫓も釣り竿も、漁の道具は木で作られている。木の良し悪しで漁の獲れ高が決まる。だから漁師は、良い木を作る山主を大切にしたんだ・・・
  • 海をきれいにするには、川のそばに住んでいる人々が自然を大切にすることだ。だから川の上流に、漁師は広葉樹の森をつくるのだ・・・ NHK「おかえり モネ」のHP参照

ここに一貫して流れているテーマは「循環」。空と海と山と川をつなぐキーワードとしての「循環」だったのだと改めて思い出しながら、畠山さんの講演に耳を傾けました。

「空から降った雨が腐葉土の中にあるフルボ酸と結びついた地中の鉄分といっしょに川を下り、海に注ぎ込むことでプランクトンが増殖し、そのお陰で魚が収穫できるんですよ。この循環は一言で言うと、「森は海の恋人」なのです!」と熱く語りながら、こんな問いを会場に投げかけてくださいました。「森は海の恋人」は英訳するとどうなると思いますか?
「恋人は直訳するとloverとかdarlingかもしれないけれど、それはダメ」と会場を笑わせながら、示して下さったお答えは、The sea is longing for the forestでした。
童話の英訳をされるなど英語に堪能な美智子皇后陛下(現上皇后陛下)にお尋ねする機会に恵まれてご相談したところ「long for」という熟語を使ってみることをご助言くださったことから編み出された英訳とのことでした。そして、「long for」は旧約聖書 詩編42.2の「涸れた谷に鹿が水を求めるように 神よ 私の魂はあなたを求める」で使われている言葉だと、聖書を高く掲げてご説明くださいました。

40億年近く前に地球上に出現したシアノバクテリアの酸素発生型光合成の話題の次は宮沢賢治へ、さらにはミシシッピー川でのカキ養殖とアメリカ奴隷制時代の物語へと、縦横自在にスピーディに紡がれる語り口に聞き入りながら、文系と理系の学問の見事な調和に魅了されました。
畠山さんのもう一つの肩書は"NPO法人「森は海の恋人」代表理事"です。まさに「学問も自然界も、縦割りはダメ」という冒頭のお言葉通りの実践でご活躍中の畠山さんのすばらしいご講演でした。

式典には毎年、卒業後25年目の卒業生が招待されます。今年の大学の招待生は4回生と5回生でしたが、「卒業してこれほど時間が経った今、こういうすばらしい講演をうかがう機会に恵まれて、本当に幸せでした」と口々に語っていました。卒業してから今日まで様々な出会いや変化を経験した25年だったことでしょう。人生の深味を経験したからこそ、自然も人も循環の中で生かされていることの重みを語ってくださった畠山さんのお言葉の一つひとつが胸に響いたことだったと思われます。