コロナ禍のピンチをチャンスに 新たな世界を切り拓いている院生

2022年07月25日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

本学大学院人文学研究科2年生の吉田沙織さん(日本語教育コース)が、「赤松良子ジェンダー平等基金」から助成金の交付対象に選ばれました。* この基金は女性差別撤廃条約の研究・普及を目的とする『国際女性の地位協会』が、その事業の一環として、ジェンダー平等、女性のエンパワーメント、女性の権利の実現のための活動や調査研究等への助成を行うものです。

吉田沙織さんの研究
事業名 :日本語教科書のパリテ(男女同数)プロジェクト
研究名 :「ジェンダーの観点から見る日本語中上級教科書の分析―登場する実在人物と掲載コンテンツの作者に見られるジェンダー・バランスについて」
事業期間:2022年4月1日~2024年3月31日

この嬉しい報告を携えて、指導教員の栗田奈美先生と共に学長室を訪ねてくれました。
吉田さんが恵泉の大学院に入学して、この研究テーマに辿り着くまでの道のりは、まさに波乱万丈と言っても過言ではないものでした。
大学(法政大学経済学部)を卒業した年がリーマンショック。女性であるがゆえの不当な待遇に疑問を抱くことが幾度もあり、転職を繰り返しながら、日本語教師の道を切り開いて、ようやく都内の日本語学校で専任職を得たときに、今度は未曾有の新型コロナウィルスの世界的感染拡大に遭遇。留学生激減という中で退職を余儀なくされるという事態に。

"恵泉の大学院に入学を決めたのは、2月入試直前のときでした。教務の方がいろいろと親切に対応してくださり、栗田先生に出会うことができました。男女共学で学んだ学部時代とは正反対の環境に今、います。小規模な静かな環境で、女子大だからこそジェンダー問題に真摯に取り組めている。コロナ禍のリストラがあったから、今の私があると思います"

淡々とした語り口にかえって、これまで出会ってきたものの壁の厚さとそれを乗り越えるバイタリティが強く感じられました。何があっても、自分を見失わず、どこまでも前向きに、しなやかに生きる姿勢を持った吉田さんの言葉の一つひとつに、「生涯就業力」の魂が込められているようでした。

吉田さん自身に、これまでを振り返りながら、本学での院生生活と研究への意気込みについて、また、指導教員の栗田先生に、この度の吉田さんの助成研究の意義やゼミでの活躍等についてご紹介いただきましたので、お読みください。

吉田沙織さん(大学院人文学研究科2年)

数年前まで日本語教師という職業の存在すら知らず、大学院への進学も全く考えていませんでした。今こうして恵泉で、日本語教育とジェンダーを学んでいることを自分でも不思議に思います。
狛江高校時代はダンス部で部長も務めましたが、勉強と両立できず1年浪人させてもらいました。浪人時代は予備校の講師陣に恵まれ、驚くほど偏差値が上がりました。私が日本語教師という教える仕事を面白そうだと思ったのはこの経験からです。政治経済が好きだったので法政大学経済学部に入学しました。女子が1割のマンモス学部で、恵泉とは正反対の雰囲気でした。就活では他大学の男子学生に「何で女なのに四大行くの?」と聞かれ、そんな感覚の人がまだ同世代にいるのかと驚きました。また、クラスメイトにいわゆる「女ことば」を話す男子がいました。違和感をおぼえる暇もなく、すぐに彼の個性として受け入れられていました。これらの出来事が日本語やジェンダーを考えるきっかけになっています。
新卒でアパレルメーカーの営業職に就きましたが、ハラスメントの見本市のような職場だったため1年半で離職しました。その後事務や接客を経験し、専門的な仕事がしたいと思うようになり、2015年に日本女子大学リカレント教育課程に入学しました。キャリアデザインの授業で日本語教師という仕事を見つけ、リカレントと並行して養成講座に通いました。
その後2016年に国際交流基金の日本語パートナーズ、翌年にEPA看護師介護士日本語教師としてインドネシアへ行きました。帰国後は都内の日本語学校で教えていましたが、2021年2月、新型コロナの影響で解雇を告げられました。その数日後には恵泉に連絡し、何とか2週間後の大学院入試を受けたいと相談しました。栗田先生も突然のことに驚かれた様子でしたが、本当に親身になって入試まで伴走してくださいました。
日本語教師になって以来、大学院進学を考えながらも後回しにしてきました。突如コロナ禍で院進学を考えざるをえなくなり、恵泉に入学することになりましたが、結果的に良いタイミングだったと思います。また、多くの先生方から手厚い指導が受けられる恵泉での学生生活に感謝しています。
コロナ禍を「禍を転じて福となせ」るかどうかは自身の努力次第ですが、恵泉で得た知識や経験は必ず私の「大きな福」になります。助成金の採択もいただき、今後より一層研究に邁進する所存です。

栗田奈美先生(日本語教育・日本語学)

日本語教育には、学習者にことばを教えるだけでなく、現在の日本や日本人の姿を伝える役割があると考えます。吉田さんの研究は、ジェンダーの観点から、学習者に提示する教材が現在の日本を紹介するものとしてふさわしい内容なのかを疑問視するところから始まっています。日本語教育研究に加え、ジェンダー研究の専門家である定松文先生、稲本万里子先生の下でも学びを深めている吉田さんは、よりよい日本語教科書の提案を目指し、研究を進めています。吉田さんがどのような提案をしてくれるのか、指導教員としてだけでなく、一日本語教師としても大変楽しみにしています。
また、社会人大学院生としての吉田さんは、同じゼミの大学院生や、サークルのイベントなどで接点のある学部生、また、彼女自身が立ち上げた「日本語教育能力検定試験勉強会」のメンバーにも、非常にいい影響を与えてくれています。恵泉でのこうした活動や学びが、吉田さんの今後の日本語教師人生を支えるものになることを願ってやみません。

栗田奈美先生と吉田沙織さん 学長室にて
栗田奈美先生と吉田沙織さん 学長室にて

栗田奈美先生と吉田沙織さん 学長室にて

日本語パートナーズでインドネシアスマランに滞在していた時
日本語パートナーズでインドネシアスマランに滞在していた時

日本語パートナーズでインドネシアスマランに滞在していた時