女性の人生は一直線ではない

2017年03月06日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

子育てひろば「あい・ぽーと」麹町で、地域の人や卒業生を対象として「生涯就業力」の連続講座を開催していることは、前にもご紹介いたしました。

生涯就業力講座「三歳児神話について考える」

2月下旬は私の講座でした。テーマは「三歳児神話について考える」。
いわゆる「三歳までは母親が自分の手で育てなければ、子どもにさみしい思いをさせるなどのダメージを与えて、取り返しのつかないことになる」という通説です。

私は1970年代のコイン・ロッカーベビー事件以来、日本社会の「母性神話」の問題点を明らかにすることをライフワークとしてきましたが、「三歳児神話」からの解放はその中心をなすものです。母性に対する信奉を篤くしてきた日本社会にとって、当初はラディカルな主張とも受け取られて、さまざまな誤解とバッシングも受けました。
ただ、時代の推移と共に、母親一人の子育ては「孤育て」に他ならならないこと、また育児不安や育児ノイローゼを募らせる育児困難現象の増加が社会問題として認識され、ついに1998年の厚生白書(当時)には「三歳児神話には合理的な根拠がない」という記述が盛り込まれるに至りました。

「三歳児神話」はまだ続いている

「三歳児神話」はすでに払しょくされているかと思いきや、実は今なお多くの若い母親たちの心を悩ませているのです。
先日もNHKの国際ラジオ放送「暮らしと社会のキーワード」のコーナーで、日本人の育児に対する考え方に大きな影響を与えているキーワードとして「三歳児神話」が紹介されるほど、ホットな話題ともなっています。育児休業明けに復職を考えている時に両家の祖父母だけでなく、ママ友からも疑問や心配の声をかけられて、社会復帰に揺れる母親たちの声も紹介されていて、「三歳児神話」の根深さを改めて痛感しました。

今回の生涯就業力連続講座は女性の活躍促進が言われる今の時代だからこそ、改めて「三歳児神話」をしっかり考えたいと思って企画したものでした。
もっとも、「三歳児神話」からの解放と言っても、母親が子どもを愛する大切さを否定するものではけっしてありません。むしろ、母親だけの育児には弊害もあることを見つめ、家族や地域の支援、あるいは保育所での保育の質や働き方改革を考えることが大切です。また、「三歳児神話」が形成される過程に近代以降の日本社会の社会経済的な要請とそこに小児医学や心理学が加担してきた背景などを振り返ることで、これからは女性がそうした神話に無自覚に振り回されることなく、自身の生き方を見つめる確かな視点をもつ大切さなどもお話いたしました。(詳細は大日向雅美『増補 母性愛神話の罠』日本評論社2015をご覧いただければ幸いです)。

学生時代に反発していた卒業生との出会い

実は講座でとても嬉しい出会いがありました。
講座を終えたとき、参加者の中の一人の女性が私に声をかけてくれました。
「先生、私、恵泉の卒業生です。私は学生時代、先生の授業で、散々、反対意見を述べました。私の母は専業主婦で、私も専業主婦になろうと思っていました。ですから女性が社会に出て働く大切さ、経済的自立の必要性を説いていらした先生の授業には、いつも反発ばかりしていたのです。恵泉を卒業して、結婚して予定通り専業主婦になりました。でも、その後、離婚して、今、シングルマザーになっています。人生のいろいろなことを経験して、節目節目で先生のことを思い出し、お会いしたくてたまりませんでした」。
そして「これまでの人生で、私、今が一番自分らしいと思えるんです」と言いながら、ある団体でキャリアとして働いていると名刺を渡してくれました 。

比較的大きな教室での講義でしたが、確かにそういう学生が何人かいたこと、彼女はその中の一人だったことを思い出しました。卒業して何年にもなって、学生時代の授業のことを思い出してくれているのです。

女性の人生はやはり一直線ではない

「専業主婦希望が悪いわけではない。子どもや家の事情で専業主婦になることもある。でも、最初から専業主婦になることだけを考えるのはもったいない。人生の選択肢と楽しみを捨てていることを若い女性に伝えたい」。
JRなどに「エキナカ」を仕掛けた鎌田由美子さんの言葉です。鎌田さんとの対談の模様は間もなく、このブログでもお伝えできるかと思います。

女性の人生、文字通り一直線ではないこと、いろいろな節目で状況に応じて対応を変える機会に直面することを、卒業生の言葉からしみじみと思います。そのためにも若いときにいろいろな情報に接していることが大切なのでしょう。この卒業生は私のメッセージに反発しながら、いえ、反発するほどに、熱心に聴いてくれていたのだと思います。