稲本万里子副学長の論文賞受賞の報告

2022年06月27日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

先週、稲本万里子副学長が一般社団法人人工知能学会( The Japanese Society for Artificial Intelligence)から、「2021年度論文賞」を授与されました。

人工知能学会は、「人工知能に関する研究の進展と知識の普及を図り、もって学術・技術ならびに産業・社会の発展に寄与することを目的」として、1986年に設立され、1990年に一般社団法人として登記設立された学会です。AI時代を迎えている今日、人工知能学会は、今をときめくAI研究の総本山とされています。

その学会から「2021年度論文賞」を授与されたことは大変な名誉なことですが、稲本先生の専門は日本美術史。とくに「源氏物語絵巻」を研究されています。世界最高峰の古典の研究と時代の最先端を行くAI研究とは、どのようにつながるのでしょうか?
稲本先生にこの度の受賞の喜びと共に、今回の「2021年度論文賞」となった研究について、寄稿してもらいましたので、お読みください。

このたび、私たちの研究グループの論文(稲本万里子・加藤拓也・小長谷明彦「深層学習による「幻の源氏物語絵巻」の流派推定に関する考察―AI技術による「絵師の流派」概念の再構築―」)が、人工知能学会より「2021年度論文賞」を授与されました。「2021年度論文賞」は、2021年度に『人工知能学会論文誌』に発表された49編の論文を対象に、44名の選定委員から成る論文賞選定委員会によって審議・選定された2編の論文に与えられました。日本美術史を専門とする私がファースト・オーサーである論文が、その1編に選ばれ、大変驚いております。

江戸時代に制作され、石山寺をはじめ、アメリカ、フランス、ベルギーに分蔵されている「源氏物語絵巻」は、その全貌がつかめないことから、「幻の源氏物語絵巻」と呼ばれています。最近、夕顔巻の断簡や賢木巻の詞書が発見され、注目を集めている作品です。この絵巻は、研究者ごとに諸説があり、土佐派や狩野派といった絵師の流派が特定できない珍しい作品です。そこで、私たちの研究グループは、2017年から深層学習による流派推定の研究をおこなってきました。

深層学習といっても、機械が勝手に推定してくれるわけではなく、学習データを覚えさせ、バリデーションデータ(答えがわかっているデータ)を当てることができるまで、学習データを増やしたり、さまざまな学習モデルを試したりと、試行錯誤が続きました。2020年にようやく得られた結論は、どの流派に似ているか推定する流派別モデルよりも、どの作品に似ているか推定する作品別モデルのほうが精度が高く、「幻の源氏物語絵巻」は、京都に残った京狩野家の、狩野山楽筆「車争い図屏風」(東京国立博物館蔵)に似ているというものでした。また、作品別モデルのほうが精度が高いことから、流派の概念についての再考を促すものにもなりました。

この結論をまとめて2021年1月に投稿し、11月に掲載された論文は、AIと美術史研究者が共創することで、美術史研究における未解決問題に対し、AIがひとつの学説を提示したことが文理融合の実践例として高く評価され、2022年6月22日に「2021年度論文賞」を受賞しました。長い道程でしたが、今までご協力いただきましたすべての方に感謝の意を捧げます。ありがとうございました。

(人文学部日本語日本文化学科 稲本万里子)

「2021年度論文賞」賞牌 
稲本万里子副学長と
小長谷明彦客員教授(東工大名誉教授)