声を聴く・声を発する大切さ

2025年03月10日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

先週、BPOの2024年度年次報告会が千代田放送会館で行われました。 BPO放送倫理・番組向上機構(Broadcasting Ethics & Program Improvement Organization)は、"放送における言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理の問題に対応するため、NHKと民放連によって設置された第三者機関"です。

年次報告会は2部構成で、2024年度の業務報告と3つの委員会(「放送倫理検証委員会」「放送人権委員会」「青少年委員会」)の活動報告に先立って、コンプライアンスをテーマとした「特別シンポジウム 令和のコンプライアンス、その先へ」が行われました。

本ブログでは「特別シンポジウム」の中で、心に残ったことを2つ、書かせていただきます。

1つは、NHK大河ドラマ『べらぼう』にインティマシーコーディネーターとして活躍されている浅田智穂氏とNHKチーフプロデューサー藤並英樹氏のトーク「ドラマ制作現場のいま」の中の言葉、"声の小さい人の声を聴く"です。

インティマシーコーディネーターとは、映像の中のヌードや身体的接触のあるセンシティブなシーンにおいて、俳優の安心・安全を守りながら監督の演出意図を実現できるようにサポートする仕事です。もともとはアメリカで誕生した仕事で、アメリカでは映像制作上、必須の役割を果たしているとのことですが、日本ではインティマシーコーディネーターの資格を持つ人は、現在、わずか2人だけで、浅田氏はそのうちのお一人です。

これまでは、意図に反した撮影であっても立場上の弱さ等からなかなか「ノー」とは言えなかった俳優さんたちの声を丁寧に拾い、それを演出に生かすことについて語るお二人のトークに、その重要性を改めて思うと共に、それが今まで、日本では十分になされてこなかったという"人権感覚の希薄さ"に愕然とする思いでした。こうした実践が今後の映像文化にもたらす成果が期待されるところですが、結果や成果よりも、むしろプロセスを大切にするための挑戦だというお二人の言葉にも感銘を覚えました。

もう1つは、昨年、流行語大賞はじめ、数々の賞を受賞したTBS『不適切にもほどがある!』の脚本家宮藤官九郎氏とドラマプロデューサー磯山晶氏が登壇された「『不適切』はなぜ、令和を駆け抜けた?」の中で、宮藤氏があのテレビドラマの脚本に投じたメッセージは各回のタイトルに込めたと言われたことでした。
たしかに、第1話「頑張れって言っちゃダメですか?」~第3話「可愛いって言っちゃダメですか?」~第8話「1回しくじったらダメですか?」等々、放送された10話のすべてのタイトルが、「〇〇ではダメですか?」です。

社会や周囲が決める暗黙のルールや思惑に縛られて、言いたいことも言えない、疑問に思うことすらも封じこめられていく息苦しさと理不尽さに抗いたかったという趣旨のことを語っておられました。軽妙な語り口の中に、たとえ言いにくいことでも声に出す大切さを思い、声に出せる空気を醸成するメディア人としての氏の責務が秘められていることが伝わってきました。

「声の小さい人の声を拾う」「暗黙のうちに漂い、縛られていく社会の理不尽さを問いただす。そのために声を発する」、私がこの2つに共感を覚えるのは、前回のこのブログにも書いたことですが、僭越ながら私自身のライフワーク「母性愛神話からの解放」にも通じるものを覚えてのことでもありました。

先月から大学は春休みに入っていて、多摩キャンパスに学生の姿はまばらですが、代わって多くの学生たちが短期FSや語学研修で海外に出かけております。異文化を経験する中で、外から見つめ直すひと時が、日本社会に潜在している課題を見つめる機会となってくれることも願っております。

今週は卒業礼拝、そして、卒業式・学位授与式が執り行われます。
来週はそのご報告の予定です。

BPOは放送界と視聴者を結ぶ第3者機関

千代田放送会館(千代田区紀尾井町)