恵泉女学園大学の「生涯就業力」とSDGsについて

2019年10月07日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

近年、SDGsが社会で大きな話題となっています。
SDGsとはSustainable Development Goals(持続可能な開発目標)の略称です。持続可能な社会の実現をめざして、2015年9月に国連で開催されたサミットの中で、2030年までに達成すべき17の目標・169のターゲットから構成されたものです。アジェンダの前文には「これらは、すべての人々の人権を実現し、ジェンダー平等とすべての女性と女児の能力強化を達成することを目指す」と記されています。17の目標は「No one will be left behind(誰一人取り残さない)」という基本理念に立脚しています。 
SDGsについて

このSDGsは実は本学が2016年から取り組んでいる「生涯就業力」の中にすでに含まれているものです。「生涯就業力」の学びとCSV(Creating Shared Value)活動を通して、学生や教職員にSDGsを自分ごととして取り組んでもらうために、それらの関係をどのように可視化し、活用すべきかについて、9月のFDSD研修会で議論をしました。非常に面白く、有意義な議論が展開されましたので、ここにご報告いたします。

今回はやや長めのご報告になりますが、恵泉女学園大学の教育の根幹をご理解いただけるものと考えますので、お読みいただければ幸いです。
(本学のこれまでのFDSD研修会については、次をご覧ください)。
私の考える「生涯就業力」~その4~
「生涯就業力」育成に向けてFD/SD研修会をいたしました。

まず下図は本学のCSVプロジェクトチームが作成した生涯就業力とSDGsとの関連図です。
この図について、CSVプロジェクトチームの松村正治先生に解説してもらいました。

松村正治先生(環境社会学)

本学では、学生が「生涯就業力を磨く」という一点に焦点を当てて、教育研究活動をおこなっています。それはまずは学生自身のためです。将来が見通しにくい現代社会で、女性が働きやすいとは言えない社会で、生涯にわたって自分らしく生きる力を身につけることは、次世代を担う女性たちにとって非常に大切なことだと考えています。しかし、「生涯就業力を磨く」のは、学生個人のためだけではありません。その先に、生涯就業力を身につけた女性が社会で活躍することによって、3つの礎「聖書」「国際」「園芸」に象徴される教育理念が社会に拡がり、平和な社会を実現することを目ざしています。
本学の目標は、国連が2030年までに達成を目ざしている「SDGs(Sustainable Development Goals):持続可能な開発目標」と重なっています。今やグローバル社会の潮流では、経済成長を求めるだけではなく、恵泉が伝統的に重視してきた社会的公正や環境保全も同時に達成することが必要となっているのです。
それでは、恵泉教育の中で、学生の生涯就業力はどのようにして磨かれるのでしょうか。いくつかの方法がありますが、大学がこれまで重視してきたのは、他者と共に社会的な課題に取り組み、粘り強く解決し続ける場を幅広く提供することでした。たとえば「フィールドスタディ・コミュニティーサービスラーニング」などの体験学習プログラムや福島復興支援などの地域連携の取り組みを挙げることができます。
今日、このように他者と共有できる価値を作りだすことを、CSV(Creating Shared Value)と言います。経済界でCSVとは、企業がビジネスの手法で社会問題・環境問題などに取り組み、利益を生みだしながら社会的な課題を解決することを指しますが、大学のCSVとは、教育研究活動を進めることで社会的な課題解決を目ざす取り組みを意味します。
恵泉女学園大学は小さな大学ですが、だからこそ、卒業生、企業、高校、地域社会、NPO・NGOなどと連携を図り、多様な人・団体をコーディネートしながら、教育研究活動を展開しています。学生は、このネットワークに参加することにより、おのずと「生涯就業力を磨く」プロセスに身を置くことができます。小規模大学で学ぶからこそ、自らの力について過信することなく、力の弱い人びとの痛みを理解できる機会が数多くあります。そうした経験は、SDGsの17の目標の中でも重要な「目標16:平和と公正をすべての人に」「目標17:パートナーシップで目標を達成しよう」に取り組むことになるはずです。そして、卒業後には、在学時に培った「分かち合いのリーダーシップ」を発揮することで、自分らしくワーク・ライフ・バランスを図り、一人の女性としてSDGs達成に向けて未来を切り拓くことを願っています。

発表する松村正治先生
CSVプロジェクトの高橋清貴先生と松村正治先生

松村先生の冒頭説明に続いて、3人から発表がありました。

岩佐玲子先生(教育学)

恵泉女学園の創立者河井道は、SDGsに掲げられている目標や普遍的価値を、既に1929年の創立時に学園の教育理念に据えていました。それは、「聖書」「国際」「園芸」に象徴される3つの礎であり、カリキュラムの根幹をなすものであります。すなわち、人権を尊び、平和で公正な社会を創り、自然と対話し環境を守る力を育むための教育です。
さらに、大学の学修によって身につけて行く「生涯就業力」としての3つの力、1)基礎的な知識と技能、2)現状を把握し、たくましく解決し続ける力、3)他者と共に歩み、共に生きていける力は、SDGsの目標達成への行動力に繋がる力と言えます。
新しい時代の中で、常に地球的市民としての自覚を持ち、いついかなる状況の中でも、人間、地球および自由と平和のために貢献できる女性として成長しつづけること。それが、生涯就業力を磨く意義であり、人生を豊かに逞しく歩むための条件であると考えます。

澤登早苗先生(生活園芸)

1年生の必修科目生活園芸Ⅰでは、共生、循環、多様性を基本として有機栽培を実践しています。ただ単に作物を育てるだけでなく、そこに生えてくる雑草を排除ではなく活用することや、そこで多様な生き物に遭遇することを通じて、人もまた多様な生き物の一部に過ぎないことを実感し、弱者の視点について考えるようになります。また、食べることは全ての人に共通していて、食を介して世代や文化を越えてつながることが出来ることも体感しています。
このように、生活園芸Ⅰを通じて、学生たちは分かち合いの精神を、実体験として学んでいて、それは「フィールドスタディ・コミュニティーサービスラーニング」、社会連携事業などを通じて学生の生涯就業力を高めるための礎となっています。例えば、恵泉の学生なら2011年の福島原発事故のよる放射能汚染で春になってもタネを播けない、風評被害で農作物を販売出来ない福島の有機農業者の気持ちを理解出来ると考え、福島の有機農業者との交流を続けてきました。これが契機となり多摩地域の市民や生協の方々と協働で開催してきた福島キッズキャンプは今年で6回目となりました。キャンプにボランティアとして参加した学生たちは、市民ボランティアの方々との交流を通じて、生涯就業力につながる様々なことを学んでいます。

吉川克巳さん(地域連携室・研究機構事務室職員)

2017年度卒業生の就職活動を担当した際、複数の企業採用ご担当者から「恵泉女学園大学の学生は すごいリーダーシップをもっているわけではないが、所属チームの他者の力を上手く組み合わせて、具体的な結果を導く事に長けている。」とのご意見を伺いました。
このことには、本学の特性として「他者の痛みがわかる」学生の割合が高く、結果として「仕事ができる人が絶対に忘れない「かきくけこ」」 を知らず知らずの内に獲得していると考えられます(か:感謝 き:興味と希望 く:苦労を厭わない け:謙虚 こ:更新)。そこには、この「獲得」の機会として、本学が礎としているキリスト教の信仰に基づく「聖書」「国際」「園芸」を取り入れた教育展開や実体験学習、少人数教育等が寄与していると考えます。
その半面、「基礎的な知識・技能」の充実が本学学生の課題と感じます。けれども、学生たちの周りには有り余るほどの情報が満ち溢れていることも事実です。要は、身の回りの「情報」をどう整理して興味につなげて探究したらよいのか?と言う点を補強できれば、学生はもっと能動的に活動できるようになると考えます。
突拍子もない例えで恐縮ですが、メンデレーエフが元素の周期表を考案したのは150年前のことだそうで、本年は「国際周期表年」にあたります。彼が周期表を考案した頃にわかっていた元素の数は63個とのことで、今「オガネソン?」の元素記号は118番ですから、概ね半分程度となります。メンデレーエフのすごさは、当時わかっていた元素が各々持っている性質を整理して並べたこと、抜けているところの性質を持つ元素があるはずと考えたところにあると思います。 結果、後世の研究者がこれらを見つけることができました。周期表の例えのように、本学の学生も在学中に経験を積み重ねて「(生涯を通じての)学びマップ」を作成できれば、卒業後も興味や関心を広げながら生涯を通じて学びつづけ、成長することに繋がるのではないでしょうか?

☆FDSD研修会の討議は今後も「生涯就業力」をテーマに継続してまいります。