2018年3月卒業式式辞 絶えず心に美意識を

2018年03月19日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

恵泉女学園大学 学長 大日向雅美

皆様、学部卒業、そして、大学院修了、おめでとうございます。
学士、修士の学位を取得された皆様のなんと輝いておられることでしょう。
「汝の光を輝かせ」と言われた学園の創立者、河井道先生も、皆様の今日の晴れやかな姿をきっと嬉しくご覧になっていらっしゃることと思います。

この日に至るまでお嬢様の成長を見守り、支えてこられたご家族・保証人の皆様のお慶びもいかばかりかとお祝いを申し上げますとともに、これまでのご労苦に教職員を代表して深い感謝と敬意を表したいと思います。

さて、皆様はこれからどのような人生を送られるのでしょうか。
今日の佳き日に、できることなら皆様の前に明るい未来が拓かれていると申し上げたい思いです。

でも、現実はなかなかに厳しいです。
世界を見渡せば平和とは遠い現状が各地にみられます。日本も少なからず同様です。平和を脅かす足音が聞こえ、貧困の格差や災害に、あるいは子育てや介護に悩み苦しむ人が少なくありません。

こうした今の時代を「未来を展望しえない閉塞状況」と嘆く声も強まっています。
一方、そうした状況を創りだしたのが人間であれば、そこから抜け出す道筋も人間が創りだせないはずはないという説もあります。

私もけっして絶望の一色ではなく、むしろ、その逆で、皆様は女性としての真の力を発揮し、より意義深い人生を送るチャンスに恵まれる時代をこれから生きようとしておられると思います。

こうしてお話をしながら私が思い出す一人の女性がいます。日本で最初に女医となった荻野吟、のちに改名して、自らを荻野吟子と名乗った女性です。
数奇な運命にもてあそばれながら、同じ苦しみを味わっている女性を救うために医師を志すのですが、医師となるための学びの門が開かれるまでに非常に長い時間を待たされ、門戸が開かれた後も女性ゆえにいわれない差別と迫害にあった明治の女性です。

かつて女性が学ぶことが社会的に許されなかった時代があったことを思うとき、女性が4年制の大学、さらには大学院で学ぶことが可能となった今の時代のなんと有難いことかと思います。それゆえに、学んだことを社会に生かす務めを忘れてはならないと思うのです。

そして、そうした務めを十分に果たしうるだけの力を、皆様はこの恵泉女学園大学で学んだという誇りを胸に刻んで、社会に巣立っていただきたいと願っています。

昨年のノーベル平和賞を想い出してください。
受賞団体は核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)でした。世界で唯一の被爆国である日本にとって非常に意義深いことでしたが、同時に私はこの受賞に関して巻き起こった現象に一つの光を見る思いでした。

ICANの国際運営委員の一人が本学の学部で国際関係論・大学院でグローバルガバナンス論を担当されている川崎哲先生であることは、皆様もご存じの通りです。"今回の受賞の真の貢献者は、自らの体験を世界に発信し続けてきた広島・長崎の被爆者の方たち。その被爆者の方々にできるだけ多く授賞式に参加してほしい"との川崎先生の思いを受けて、恵泉女学園大学が中心となって起こした募金活動では、当初の目標金額の120万円を超えて5,213,229円が集まりました。

記者会見で日本は核兵器禁止条約に参加していないという記者の指摘に、川崎先生はこうお答えになられました。「それは違う。核兵器禁止のプロセスに確かに参加している。今回、これだけのカンパをしていただけたということ、それはこれだけ多くの日本人、市民社会が今回の平和賞受賞を祝ってくれたということだ。核兵器の禁止と廃絶に対して、非常に強い思いと支持が日本全体にあることを実感できて、大変大きな励みになった」と。

実はこの募金活動の成功の裏には、いち早く動いた恵泉の学生たちがいたのです。手作りの募金箱を抱いて、恵泉祭の来場者に訴え、多摩センター駅の路上に立ったのです。
"今はこれしかないけれど、いいですか?"とお財布を開いて投じてくれた中高校生たちもいたとのことです。
私は集まった金額の大きさ以上に、端数の3,229円という数字に感慨をもちました。若い人たちは未来に絶望をしていないのです。若い世代の希望が未来を確かに拓いてくれることを、そして、その希望を引き出した恵泉の学生の力に胸打たれました。

恵泉女学園大学は面倒見の良い大学、入学してから学生をのばす大学として、社会から高い評価をいただいております。しかし、それはただ親しみあい、こまやかに世話を焼くことではありません。女性として、しなやかに、凛として生きる力を身につけていただく教育です。互いを大切に思いあい、共に笑い、共に泣き、ときに共に怒りを持って過ごしたこのキャンパスの中で、皆様はやさしさとまっすぐなまなざし、正しいと思うことを素直に言葉にし、行動する力を確かに育まれたはずです。そして、それこそが恵泉生の魅力であることは、30年余りこの恵泉に奉職している私の偽らざる思いです。豊かな知識と経験を礎としたゆるぎなき感性、言葉を換えれば、確かな倫理観に裏付けられた美意識です。

世の中には法的には問題でないとしても、倫理的に見ておかしいことがたくさんあります。そうであればこそ、外部の基準、人がつくった基準ではなく、自分自身の内なる基準、美意識を常に研ぎ澄ますことが必要です。

どうか、これからも、おかしいと思う直観・感性を大切になさってください。
なぜという疑問を根気よく胸に持ち続けてください。
現状の問題点を冷静に分析するための知識と技術を磨き続けてください。
他者の声に耳を傾け、共にあることへの謙虚さを忘れないでください。
そして、課題の解決に糸口が見出せたら、いえ、見出せるかもしれないと思ったら、勇気をもって、まず一歩でも踏み出してください。
初めにも申しましたように、これからの皆様を待ち受ける社会には、課題がさまざまに山積していることでしょう。平和な社会も女性の活躍も未完成です。しかし、状況をよりよい方向に向ける潜在力が皆様方、若い世代に確かにあることを、私は昨年のノーベル平和賞をめぐって実感いたしました。未完成であればこそ、完成に向けた努力の喜びと手ごたえもあるのです。

皆様の未来はけっしてゼロからの、あるいはマイナスからのスタートではありません。
これまでの歴史の積み重ねを信じ、それをさらに確かな実りへとつなぐことができる途上にあるという希望を忘れないでください。
恵泉で育まれた美意識を絶えず心にもって、いつ、どこにあっても、しなやかに、凛とした女性として生き続けてください。

皆様のご活躍とお幸せを心から祈って、式辞の言葉を結びます。
本日は本当におめでとうございます。