学生の皆さんへ 春休みに本に親しんで

2020年03月02日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

新型肺炎の感染拡大で、落ち着かない日が続いています。
今、多摩キャンパスは春休み。例年ですと学生の皆さんは研修や旅行等で国内外に出向くことが多い季節ですが、今年はそれもままならないことでしょう。
家や近間で過ごす時間を本に親しむことに充ててみてはいかがでしょうか?
今週は私のお気に入りの本のいくつかをご紹介することといたしました。

まず、絵本です。
絵本といえば、ご紹介しきれないほどたくさんあるのですが、心に残って今もよく手にする3点です。

『THE MISSING PIECE』 Shel Silverstein

(日本語訳もあります。シルヴァスタイン作・倉橋由美子訳「ぼくを探しに」)

"自分には何かが足りない、だから楽しくないんだ"と欠けている部分を埋めるピースを探しに行く物語ですが、真っ白い誌面に黒い線だけで描かれたとてもシンプルな絵本です。
主人公の"僕"は、丸い円ですが、欠けている部分があるのでうまく転がることができません。

それでも、歌いながら、花のにおいを楽しみながら、時にはかんかん照りの中、ある日は吹雪の中を転がり続けます。旅の途中、いろんな「かけら」とも出会うのですが、どれも大きすぎたり、小さすぎたり。ある日、ようやく自分にピッタリのかけらを見つけることができるのですが・・・。
この先はご自分で確かめてください。
自分に本当に足りないもの何なのか?を考えさせてくれる本です。

『てぶくろをかいに』 (文:新美南吉 絵:わかやま けん )

二人の娘たちが幼かったころ、繰り返し一緒に読んだ絵本です。
「かあちゃん、目になにか ささった。ぬいてちょうだい」と子ぎつねが母ぎつねの懐に転がり込んできます。生まれて初めて一面の銀世界に出会った子ぎつねの驚きを、なんと巧みに表現していることでしょう。そんな子ぎつねが町まで手袋を買いに行くというストーリーです。

この絵本はいろいろな読み方ができるかもしれません。
テレビの人気番組「はじめてのおつかい」のようなほのぼのとした思いをもつ人もいるでしょう。
一方、危険な町にわが子を使いにやる母ぎつねを批判的に見る人もいるかもしれませんが、以前、町で人間につかまりそうになった怖い経験を思い出して足がすくんでしまったとのこと。
子ぎつねは無事、はじめてのおつかいを果たして帰ってこられるのでしょうか?
子どもの自立の大切さと共に親の力の限界も考えさせられるお話です。

『ちいさなあなたへ』(ぶん:アリスン・マギー え:ピーターレイノルズ やく:なかがわ ちひろ)

「あのひ、わたしは あなたの ちいさな ゆびを かぞえ、その いっぽん いっぽんに きすを した」という書き出しで始まります。赤ちゃんから幼子へ、思春期を迎え、やがて巣立っていく娘を傍らで見守る母の喜び・葛藤・さみしさが、短い言葉で綴られて、なおのことしみじみと伝わってきます。母から娘へ、そして、娘からその子へと受け継がれていく命への感謝の思いに包まれる読後感です。

「すべてのおかあさんとその子どもたちに」捧げられた本。全国のおかあさんが涙していると本の帯に綴られていますが、若い皆さんには、自分が生まれた日に思いを馳せ、育ててくれた母を知る機会になればと思います。

そのほか、推理小説も大好きです。いろいろと読み漁りましたが、手元に残しておきたいと思うのは内田康夫さんのシリーズです。ほとんど、全作品を持っています。
推理小説が好きと言っても、ホラー的な要素があったり、夜怖くなるようなストーリーは苦手です。その点、内田さんの作品は、初期のいくつかにはグロテスクなシーンもありますが、途中から、とりわけ晩年になると、作品のどれもが優しさに充ちています。罪を犯してしまう人間の切なさと哀しさに寄り添うようなまなざしが貫かれています。何よりも文体の美しさに惹かれます。
若い皆さんからすると、もはや死語に近い日本語に思われるかもしれませんが、それだけに一度手にして、味わってみてほしいと思います。

最後に学生の皆さんに是非、読んでいただきたい1冊、といえば、この本です。

『安藤忠雄 仕事をつくる』

安藤忠雄さんといえば世界的な建築家として知られ、国の内外に数多くの斬新な建築物を残しておられる方です。同時に安藤さんを語るときによく言われるのが、大学を出ていない建築家だということです。経済的な事情等で大学には通えなかったとのことですが、働きながら毎日15時間以上の独学に励み、建築科の学生が通常4年かけて学ぶ内容を1年で習得し、建築士試験に一度で合格したという逸話があります。大学卒の資格を持たずに、イエール大学・コロンビア大学・ハーバード大学の客員教授を、さらには東京大学教授の職を歴任された稀有なプロフィールの持ち主ですが、この本は、その安藤さんがご自身の人生の闘いの軌跡を「私の履歴書」として日本経済新聞に連載されたものを書籍化したものです。
安藤さんの若き日の闘いは、先日、このブログで「成人式を迎えた皆様へ」の中に書かせていただいた、まさに「V・W」の軌跡のようです。

本書のどこを読んでも、ひたむきなその生き方に胸打たれますが、特に私が好きなのは、若き日に、建築設計事務所でのアルバイトや木工家具の製作で得たお金を手に、4年余りの歳月をアメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、アジアへの放浪の旅に出た日々が綴られているところです。貧しく、不便な旅を続けながら、「生きることはどういうことか」の自問を続けた安藤さんが辿り着いた境地は「人生というものは所詮どちらに転んでも大した違いはない。ならば闘って、自分の目指すこと、信じることを貫き通せばいいのだ」でした。
本書の最後が次のような言葉で結ばれています。「私の歩んできた道は、模範というには程遠い。が、この一風変わった歩みが、若い人を少しでも勇気づける材料になれば幸いだ」。

学生の皆さんの何倍も長く生きている私ですが、人生との闘いの日々は続いています。
安藤さんからサイン入りでいただいた本が、私の宝となっています。

ここにご紹介した本はごくごくわずかですが、振り返ってみると、"旅に出る"ことをどこかでモチーフにしていることで共通しています。
人生に旅は大切ですね。新型肺炎が一日も早く収束して、若い皆さんが広い世界へと足を運ぶことができますように、と祈る思いです。