秋田稔先生を偲んで

2017年07月10日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

この春(4月28日)、天に召された本学の名誉学園長秋田稔先生を偲ぶ会が、7月1日、経堂キャンパスで持たれました。

秋田先生は国際基督教大学、北星学園大学、恵泉女学園、山梨英和学院で、教授職、あるいは学長や学園長として教育・学校運営に力を注がれ、その生涯をキリスト教主義学校のために捧げられた方です。とくに恵泉女学園では1976年4月から1994年3月の18年間にわたって、第4代学園長として学園の教育、運営に尽されました。

秋田先生に初めてお目にかかった30年前の日のこと

廣石望先生(日本基督教団代々木上原教会牧師・立教大学教授)の司式のもと、厳かに追悼礼拝が進められ、それに続く偲ぶ会で冒頭に秋田先生の録音テープのお声が流されました。学園史料室に保存されていた恵泉女学園高等学校入学式(1981年4月6日)の式辞でしたが、フェロシップホールに響き渡る情熱的なお声を拝聴した途端、私は今から遡ること30年前に初めて秋田先生にお目にかかった日のことが鮮やかによみがえってきました。

それは私の採用面接の日でした。
恵泉女学園が大学開学にあたって心理学担当の教員を探しているとのことだから、一度学園長にお会いしてみてはどうかと、私の博士学位論文の審査にあたってくださった古畑和孝先生(当時:東大教授 現:東大名誉教授)がお知らせくださったご縁で秋田先生との面会がかなった日のことです。

経堂キャンパスの学園長室に通されて、まず私の研究についてのお尋ねがありました。博士号を取得して間もない時でしたので、学位論文となった「母性の研究」についてかいつまんでお話をいたしました。秋田先生はじっと耳を傾けていらっしゃいましたが、私が話し終えると次のようにおっしゃいました。
「あなたの研究は非常に斬新です。あなたは随分と勇気ある方なのですね」と。そして、次のように言葉を続けられたのです。「少数者になることを恐れてはなりませんよ。真理は少数の者に与えられる。そして、少数の者が確かに受け継いでいくのです。心に灯をともし続けなさい」。

今でこそ学会や社会に受け入れられている私の母性研究ですが、当時は批判の声が圧倒的多数でした。女性には母性本能があるからと、育児の責務の大半を女性にだけ課してきた従来の母性観を批判的に分析する私の研究は、特に年配の男性から歓迎されることが少なかった時代でした。それだけに秋田先生のこのお言葉は、嬉しさ以上に意外な衝撃でした。

やがて話題が恵泉女学園の創立者河井道先生とキリスト教信仰に基づいたご自身の教育論へと移るにつれて、先生のお言葉一つひとつが熱を帯びていきました。時折「あなたはどう思いますか?」とお尋ねになりましたが、私は緊張のあまり、ただ先生のご高説を拝聴するだけで精いっぱいでした。特に河井先生が恵泉女学園を創立された1929年は、戦争の足音がひたひたと忍び寄っていた時。世界の平和が脅かされることを憂い、いずれ訪れる時代に真の平和を背負う女性の育成の必要性を痛感されたという河井先生が、それゆえに"一歩も譲ることなく、一切の妥協もせず、神の前に正しくある生き方を通された"というお話には、ただ圧倒されて言葉を失うばかりでした。

そんな私を気遣ってくださったのか、その後も時折、「あなたはどう思いますか?」という言葉を息継ぎのように使われながらも、けっして私の応えを促すことはなさらず、お一人で語り続けてくださった秋田先生でしたが、最後に「実は心理学領域ではもうひとり別の候補者がいます。ただし、私はあなたに恵泉に来てほしいと今日、思ったことをお伝えします」というお言葉で面接が終わりました。

数日後、採用の連絡を本部からいただきましたが、1時間半余りの面接の間、私が発した言葉は自身の学位論文について語った数分間だけでした。その後はほとんど言葉を発することもできなかった若き日の私でしたのに、扉を開いて恵泉に招き入れていただけたことに驚きと感謝の思いでいっぱいでした。

秋田先生の数多いご著書の中の1冊『「出会い」が人を変える』(1996年)の中の次の一節は、恵泉女学園大学に勤務する私の誇りであり、心の道標としてきたものです。感謝を込めて、ここに紹介させていただきます。
"学園六十周年にあたり、私どもは小規模の四年制大学を昨年発足させた。これとてわれもわれもという時流に合わせて恵泉も大学をというのではなく、現代の地球的規模、世界的規模での重い問題を思い、人間の将来を思うときに、いまこそ建学以来持ちつづけてきた批判的精神を一層とぎすまし、平和への意志を不退転のものとして強め生かすべきだ、そのために皆で鍛え合い、実力を養い、世に挑戦しようという、むしろ時流に抗し、先んずる気概を持ってつくったと申してよいであろう(1989年12月)。
秋田先生の天での平安をお祈りいたします。