【隅のかしら石】となる

2016年06月27日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

今、多摩キャンパスは学生一人ひとりの≪生涯就業力を磨く≫ための大学改革真っ最中です。その一環として、今年度から教職員が一堂に会したFD・SD研修会を実施していることは、以前にこのブログ(4月30日)でもご紹介しましたが、その第2回目が先週の木曜日(6月23日)に開催されました。

今回のテーマは

  • 「学生をどのように評価して、いかに学生の成長にいかすのか?」
  • 「学生が自分に自信を持つようになるには?」
  • 「恵泉で学ぶ意義をどう伝えるか?~退学者ゼロをめざして」
  • 「学生が社会への関心を持つようになるには?」

教員と職員がペアを組んで発表した後にフロアとのディスカッションが展開されましたが、どのテーマでも共通して語られたのは、ひたすら学生と向き合うことの大切さでした。

K先生はいつでも研究室のドアを開けています。顔をのぞかせた学生に「おー、どーした?」と声をかけるそうです。どんなに授業準備や他の仕事で忙しい時でも、のどかな声で迎えることを心がけているとのことです。他愛のない話から深刻な悩みを吐露することもあるからこそ、いつでも受け入れてもらえると学生が思える雰囲気づくりを大切にしているとのことでした。

学生食堂の一角では今年から学修支援としてのラーニングコモンズを設けています。
教職員が手分けをしてよろず相談に応じるコーナーですが、いつも盛況とは限りません。教員や職員がポツンとテーブルに座っていることもあります。それでも待つことが大事だというのは、この企画の責任者でもあるK先生の意見です。そうして何気ない素振りでじっと座っていたある時、一人の学生がやって来て、ゼミ発表が苦手で、だんだんゼミに出るのがつらくなってきたとつぶやいたそうです。ゼミ担当教員に伝えたところ、早速、その学生と話し合って解決策を探ってもらえたということです。学生の気持ちに気づけなかったことをK先生に教えてもらえて有り難かったという、ゼミ担当のS先生の謙虚さも印象的でした。

今回の研修会の中でとりわけ心に深く残ったのは職員Nさんの話でした。
教務課での職務経験も長いNさんは、これまでにも退学届けに来る学生と幾度となく向き合ってきました。学生が事務所に来る時には、相談というより、すでに退学の気持ちを固めている場合がほとんどだそうです。それでも学生の話にじっくり耳を傾けることを何よりも大事にしているとのことです。話を聴くだけでなく、時には自分の経験や思いも正直に語っていると、ただ事務的に届けを出しにきたつもりの学生がやがて心を開いて、さまざまな思いを打ち明けていくようです。そのように心を尽くして学生と向き合うのは、「一対一の人間関係を紡いで生きていく大切さを知って欲しい。どんな時でも人と確かな関係を結ぶことをあきらめないでほしい」と願うからだと言います。

そのNさんが考える≪生涯就業力≫とは、たとえていえば【隅のかしら石】となる力だと言います。【隅のかしら石】とは、大工が不要と思って捨てた石が、実は家を支える大事な石になったという聖書のたとえ話です。「どこでも、どんなに小さな場所や場面でも、だれかの、何かの役に立つ力になれる人。そんな人を育成する環境が恵泉にはあると信じている」と語る彼女は、恵泉女学園大学の1期生です。"恵泉に来て良かった"と思って卒業してもらいたいというのは、彼女自身の経験に裏付けられた強い願いでもあるのでしょう。その思いは、仮に恵泉を途中で去っていこうとする学生に対しても向けられているのです。別の所に行っても、どうか幸せな人生を送って欲しいと願って心を込めて対応しているという話を聞きながら、そうした学生にとって、いつの日か恵泉での日々が【隅のかしら石】として思い返されることもあることを思いました。

大学の教職員が学生と向き合う時に最も忘れてならないことは、「愛情と時間をどれだけかけられるか」だと言うNさんの言葉は、この日の研修会に集った教職員の多くに共通の思いでもありました。