カンチャナブリフィールドトリップ

2023年10月14日  投稿者:IS 3年 H.K

こんにちは、今回はチェンマイから車で片道約11時間、中部タイ、カンチャナブリ県のフィールドトリップ(FT)の様子をお伝えします。カンチャナブリFTでは、「泰緬鉄道」に関係のある場所を巡りました。泰緬鉄道とは第二次世界大戦中の1942年から1943年に日本軍の陸路での燃料や物資の確保の為にタイからビルマ(現ミャンマー)間に建設された鉄道です。日本軍鉄道隊が建設した慰霊塔、第二次世界大戦博物館、連合軍共同墓地、クウェー川鉄橋、オーストラリア政府の支援で建設されたヘルファイヤー・パス博物館、カンチャナブリ戦争博物館に行き、実際にカンチャナブリ駅からタムグラセー駅まで泰緬鉄道に乗りました。

泰緬鉄道の建設には最低5年を要すると言われていましたが、日本陸軍は戦局のひっ迫からわずか16か月の突貫工事を試みたため約3万人の連合国捕虜兵士、10万人以上のアジア人労務者 (中国、インドネシア、ビルマ、マレーシア、インド、シンガポール、タイ)が投入され、15か月余りの驚くべき速さで開通しました。現在でもこの鉄道は使われており、列車が通っていない時間は線路の上を歩くことができました。実際に線路の上を歩いてみると、すべて人の手で作られていると思えない立派なつくりをしていて、線路の枕木一本に対し労務者が一人亡くなっていると言われるほど過酷な労働だったということを知りました。

カンチャナブリ戦争博物館では、当時泰緬鉄道建設工事に従事させられた捕虜やタイ人によって撮影された実際の写真や生き残った捕虜やその関係者によって製作された記録が当時の捕虜生活をそのまま伝えていて、目をそむけたくなるほど想像できない悲惨な事実がありました。

今回のカンチャナブリFTで印象に残った言葉があります。それは博物館で提示されていた「Forgive, but never forget(許そう、しかし忘れない)」という言葉です。私は大学の授業で日本軍がアジアでこのようなことを行っていたという歴史を学びましたが、実際に目で見ると悲惨な事実に心が痛くなりました。被害を受けたことの方が印象に残りやすく、歴史として伝えられていますが、同じように日本軍が行ったことによって多くの人が犠牲になった事実も知らなければならないと思いました。日本軍がアジアで他国の人々に何をしたのか、学ぶ必要があると感じました。また義務教育の中でこのような加害の歴史を教える必要があると思いました。

クウェー川鉄橋
多くの犠牲者を出したへルファイヤーパス
連合軍共同墓地