バルトの花 リガ(ラトヴィア)

2013年06月17日

長年にわたって訪れてみたいと願っていたリガ。念願かなった時、拍子抜けするほどあっさりと降り立ってしまった。ラトヴィアが両隣のエストニア、リトアニアと共にEU加盟国となった現在、ヘルシンキでEU域への入国審査を済ませると、ラトヴィアでは何のチェックもない。ほんの20年前ほどまで、ラトヴィアは鉄のカーテンの向こう側どころか、ソ連の一部で、おいそれと行けるような所ではなかったのに。

バルト3国と呼ばれるが、言語的にはエストニア語がフィン・ウゴール語族で、ラトヴィア語とリトアニア語がインド・ヨーロッパ語族のバルト語派に属する。ヨーロッパの諸言語の中でも古い形を残すバルト語、そうした言語を用いる人々の住む地へ、ドイツ人がやって来て、都市を建設した。大河ダウガヴァがバルト海に注ぐここは、ドイツ・ハンザの拠点にうってつけであった。リガは1282年にハンザに加盟し、発展を続ける。住み着いたドイツ人たちが社会の上層を占め、バルト・ドイツ人と呼ばれるようになる。

さて21世紀初頭のリガ。歴史地区すなわち旧市街は、ダウガヴァ河沿いに半円形を成している。市壁の一部が修復・保存され、その付近は石畳の細い道が迷路のようだ。市壁の下部を利用した飲食店や土産物店が軒を連ねる。やがて円錐形の屋根をのせたレンガ造りの「火薬塔」が見えてくる。ハンザの盟主リューベックにある、ホルステン門の片方を小さくしたら、ちょうどこうなる。そこここに建つ教会の外観はバックシュタイン・ゴーティック(レンガ造りのゴシック様式)。そして正面の破風に意匠を凝らしたギーベルハウスも並ぶ。リューベックとの共通点がそこここにある。リューベックと違うのは、ところどころにある木造建築。だがこちらはベルゲンのものと似ている。さらに、ダウガヴァ河沿いの家屋の破風には滑車が残っている。かつて、河を上って来た船の荷を直接、屋根裏の倉庫に引き上げた名残。ここは間違いなくハンザ都市なのだ。

だが旧市街からは少し外れるものの、円蓋を戴くロシア正教の聖堂が目につく。その一つは壮大で、円蓋は金色燦然として威容を誇る。街を歩いてもドイツ語は目にも耳にも入らない。タクシーの運転手はロシア語で携帯電話をかけていた。かつてのドイツ商人の館が博物館となって、かろうじて古の姿をとどめている。半世紀間のソ連支配、その強烈さを思う。

リガには花を売る店が非常に多い。バルト3国はみな歌の国だが、ここは花の国でもあるらしい。今ふたたびバルト人の都となったリガ、幸多かれと願う。

川戸れい子(ドイツ近現代文学)

華やかなリガ

破風屋根の家

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