パルミラの遺跡(シリア)

2013年10月11日

シリアの首都ダマスカスの北東215キロメートルにあるパルミラの遺跡、これは1980年に世界文化遺産に登録され、2013年には危機遺産に登録されています。ローマ様式の建造物が多数残っており、ローマ式円形劇場、浴場、四面門などで有名です。パルミラと書きましたがラテン語風にパルミュラと言う場合もあります。このパルミラは紀元前1世紀から紀元3世紀までの間、主にローマ領として栄えた最古のオアシス都市のひとつであると言えます。パルミラはその位置に恵まれていました、シリアとフェニキア、メソポタミアとペルシアを結ぶ要の位置にあり、シリア砂漠を横断しなければならない隊商隊にとってとても重要な中継地であったのです。ペルシア風、ローマ風、アラビア風というさまざまな文化を吸収し、パルミラは独自に発展しました。その中でも特筆すべきはベル神殿で、約210メートル四方という遺跡中最大の物です。さらに記念門から続く通りは列柱通りで、両側に並んでいたコリント式列柱750本の内150本が今も残っており、非常に重要な文化財として注目されています。

3世紀後半ゼノビアという女王がいました、真偽のほどはやや疑わしいのですが、彼女は自らをクレオパトラの末裔と称していたようです。本当にそうであったのか、あるいは自らを権威づけるためにクレオパトラのカリスマ性を利用したのか、伝説以上のことは誰にもわかりません。ただしゼノビアの治世にパルミラが最強になりパルミラ王国として一世を風靡していたことは確かなようです、才色兼備で血統もよいパルミラは一時はエジプトやトルコを支配していたことが知られています。しかし無謀にもアンティオケアを奪おうと企んだゼノビア、残念ながら273年にローマ皇帝ルキウス・ドミティウス・アウレリアヌスによって滅ぼされ、そのまま一気に衰え歴史舞台から姿を消したのでした。今でも丘の上から眺めるパルミラの遺跡は、それが夕陽に染まる姿が美しく、人々から「バラの街」と称えられています。

岩村太郎(哲学)

パルミラ神殿の柱の跡(by Arian Zwegers)

ベル神殿の跡(by Arian Zwegers)