ラテンアメリカ

テオティワカンの古代都市 ―天地が交わる場所―(メキシコ合衆国)

2014年03月07日

テオティワカンはメキシコ中央高原に出現した、アメリカ大陸最大規模の古代都市遺跡である。その起源は前2世紀中頃と考えられており、最盛期の紀元5世紀頃には15万~20万人の人口を擁し、その文化的社会的影響ははるかマヤ地域にまで及んだとされる。しかし1884年から開始され現在なお進行中の遺跡発掘調査も、目下のところこの壮大な遺跡のわずか8分の1程度にすぎず、これほどの都市を築きながら王の墓も文字記録も見つかっておらず、この壮大な都市を築いた民族の詳細や、また7世紀後半頃から急速に衰退したその理由など、未だ多くが謎に包まれている。

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太陽のピラミッド

カリブ海の難攻不落要塞都市(アメリカ合衆国、サン・ファンの歴史地区)

2013年09月11日

コロンブスが「発見」した折に、緑豊かで果実が実るその豊かさに叫んだ、プエルト(港)・リコ(豊か)にその名が由来するという、プエルト・リコ(現在アメリカの準州)。
スペイン植民地時代を象徴する都市、サン・ファン歴史地区はスペインが総力挙げて築いた港湾・要塞都市である。世界遺産に登録された植民都市のなかでは、先住民の遺産をその都市機能、空間利用に引き継いだ都市が多い。しかしこの植民都市はそれらとは異なり、コロンブス以前の足跡がたどれない。ヨーロッパ人到達のもたらした影響力の大きさを残す負の遺産である。

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人類文化史上、最大の絵画!?(ナスカおよびフマナ平原の地上絵、ペルー)

2013年07月15日

マチュピチュに次いで日本人に人気が高いアンデス文明遺跡といえば、ナスカ、とくにその広大な砂漠の台地をキャンバスにして描かれた巨大地上絵であろう。あまりの大きさに上空を飛行機が飛ぶようになるまで千年以上も発見されなかったといわれる地上絵だが、その不可思議な線の存在については、インカ帝国を征服したスペイン人による1550年の記録の中ですでに言及されており、またこのナスカの地上絵が20世紀考古学史上最大の発見のひとつとして世界中の注目を浴びるきっかけとなった1939年のアメリカ考古学者ポール・コソックによる偶然の発見の以前から、ペルー人飛行士たちの間では不可解な線としてよく知られていたらしい。

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ナスカ平原の地上絵(ハチドリ)

チチェン・イッツァ:古代マヤ文明の都市遺跡(メキシコ合衆国)

2012年02月28日

チチェン・イッツァは、メキシコ、ユカタン半島のサバンナ地帯に栄えた古代マヤ文明の代表的な都市遺跡である。チチェンはマヤ語で「泉のほとり」、イッツァは「魔術師<イッツァ族」を意味し、その名の通り、そこはかつてマヤ系イッツァ族によって巨大なセノーテ(石灰岩地表の陥没穴に地下水が貯まった天然の泉)を中心に築かれた都市であった。イッツァ族はこの都市を建設した後、7世紀頃に一度姿を消すが、その後10世紀初頭に、メキシコ中央高原の好戦的なトルテカ文明の影響を受けたイッツァ族末裔が再移住して再興した。よってこの遺跡は、遺跡南側の旧チチェン(5~7世紀)のエリアと、トルテカ・マヤ様式に彩られた北側の新チチェン(10~13世紀)の二つのエリアに分けられる。

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エル・カスティーリョ

ポトシ鉱山:スペイン植民地支配の象徴「セロ・リコ(富の山)」(ボリビア多民族国)

2011年08月05日

南米アンデスの山中にポトシ鉱山が発見されたのは1545年、スペイン人によるインカ帝国の滅亡からわずか十数年後のことだった。スペイン植民地時代に「セロ・リコ(富の山)」と呼ばれたその鉱山で産出された大量の銀は、その後スペイン銀貨としてヨーロッパそして世界中に流通し、産業革命の前段階である経済革命を引き起こした。

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ポトシ鉱山全景