日本初の自然遺産が守るべきものは何か(白神山地、日本)

2014年01月15日

白神山地は、青森県と秋田県にまたがり、広さ13万haにおよぶ山地帯です。このうち原生的なブナ林で占められ、豊かな生態系を擁する約1.7万haの区域が、1993年12月、屋久島とともに日本で初めて世界自然遺産として登録されました。
今でこそ白神山地は全国的に有名で、多くのハイカーや観光客が訪ねる場所ですが、かつては無名であまり人びとが寄りつかない場所でした。それが広く知られるようになったのは、1980年代に白神山地を縦断する青秋(せいしゅう)林道への反対運動が盛り上がってからです。

青秋林道は、過疎に悩む青森・秋田の県境一帯の活性化と、それまで利用されていなかったブナを伐採するために計画され、1982年に着工されました。この動きに対して、青森・秋田両県の自然保護団体がそれぞれ林道建設に反対し、ブナ原生林の保護を訴えました。事業主体であった両県は、学術的に貴重なブナ林を守るべきという主張に対し、「当事者ではない街の人が反対している」と受け止め、耳を傾けませんでした。しかし、秋田県側がルートを変更したために林道が青森県の赤石川源流部を通ることになり、青森県側の地元住民から「きれいな川が汚れる」と反対の声が広がったことで、行政も無視できなくなりました。1987年11月には、青森県知事が林道建設の見直しを言及して工事が凍結となり、1990年3月、林野庁が白神山地を森林生態系保護地域に指定したことで、青秋林道の建設中止が決まりました。当時は、1992年にリオ・デ・ジャネイロでの地球サミット開催を控えて、地球環境問題が注目され始めた時代でした。地球環境ブームが、世界最大級のブナ原生林保護を後押し、これを受けて林野庁も従来の林業方針を転換させたのでした。
「ブナ林を守れ」という運動は、青秋林道の建設を中止させ、結果的には世界遺産の登録へと至りました。森林伐採を阻止して原生的な自然を守ったこの動きは、日本の自然保護史上もっとも成功した例かもしれません。しかし、「人手がほとんど入ったことがない」という白神山地には、伝統的に狩猟採集をしてきたマタギと呼ばれる人びとがいました。彼らはこの森をよく知り、山菜・キノコや川魚などのほか、ツキノワグマもとっていました。そうした行為は、世界遺産登録以降の入山規制により厳しく制限されることになり、2004年3月に白神山地全域が鳥獣保護区に指定されたことで狩猟が困難になり、マタギの伝統はほとんど失われることになりました。自然を保護するという目的のために、白神山地の自然と深く関わってきた人びとの知恵や技といった伝統文化を失ってよいのかどうかは、意見が分かれるところです。

松村 正治(環境社会学)

原生的なブナ天然林(8og)

標高1,000~1,200m級の山々が連なる(8og)

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