宮原 三保子 さん 日本文化学科

■卒業年:1996年3月
■勤務先:タイ王国チェンマイ市 パヤップ大学文学部日本語学科教員

恵泉には、入試で来た際にそのキャンパスの美しさに一目ぼれしてしまい、「絶対ここに入るぞ!」と心に誓いました。ですから、実家の埼玉からの通学時間が片道2時間半(往復で5時間!)だったのですが、両親に金銭的な負担をかけたくなかったので4年間実家から通いとおしました。
恵泉の学生時代は、心から勉強してみたいと思える魅力的な科目がたくさんあったので、毎学期授業登録する時期は、いつも宝箱を開ける前のようにどんな授業が待っているのかドキドキわくわくしていたのを覚えています。

恵泉での思い出はたくさんありますが、ここでは三つ紹介させていただきたいと思います。
まず、ずっと勉強してみたかった日本語教育について思いきり勉強できたこと。これは秋元美晴先生に出会い、日本語の魅力について、先生の論文や先生の授業から多くのことを学ばせていただいたことで、自分の中の日本語学の世界を広げていくことができたのだと思っています。秋元先生には在学中も卒業後も更に現在でさえも色々な面で心の支えとなっていただき、日本語の「恩師」というのはこのような先生のことを表すのだと心から思います。
二つ目に、第2外国語の授業でタイ語を履修した時に出会った川上ウィライ先生と、そこで出会った友人達です。ウィライ先生のタイ語の教え方は今私が言葉の教師として教える際の指針となっているほど影響を受けたものでした。言葉を学ぶということは、学ぶ人の世界を広げてくれる素晴らしいものであることを教えてくれたのは、川上ウィライ先生だったと思っています。また、その年度の春休みには、クラスメイトとタイ国際ワークキャンプに参加し、その際に訪れた大学(Payap大学)がその後の自分の勤務大学になろうとは、その時想像もできませんでした。その時のタイ語クラスのクラスメイトも、学年を超えて親友同士になり、自分の友達関係をも広げてくれたものとなりました。
三つ目に、大橋先生の開発学、大日向先生の女性学や児童心理学、岩佐先生の教育学などは私たちがそれまで持っていた価値観を覆されるほど心を揺さぶられ、これらの一つ一つが、今の仕事への姿勢、子育てをする際の子供への眼差しへ全てつながっているのだと確信できます。

恵泉で印象的だったことは、やはり、先生と学生、事務の方と学生のそれぞれの距離が近く、キャンパス全体が温かい雰囲気にあったことです。学生は気軽に先生方の研究室を尋ねられる雰囲気がありましたし、私は卒業後別の大学に行ったのですが、そこで受けた事務の対応を見て、「恵泉の事務所の対応の温かさ」を改めて思い出したほどでした。これは他の大学にはない恵泉の魅力の一つだと思います。

恵泉を卒業後、日本語学をもっと専門的に勉強するために進学しました。その後定職にもつかずフラフラしていた私に、秋元先生が今の勤務大学へ恵泉からの派遣制度があるので行ってみないかと声をかけてくださったご縁で、現在の大学へ参りました。やはり、「教師」という職業は恐ろしいもので、自戒しておかないと「今時の学生は!」と、どうしても上から目線になり、学生の気持ちを忘れてしまう時があります。そんな時は、一歩立ち止まって、自分が恵泉で学んでいた時に先生方から受けたことで、どんなことが嬉しかったか、どんなことをされるといやだったか、ということをいつも思い出しながら目の前の学生と向き合うようにしています。
また、今は9歳と3歳の娘の母親となり、子育てをする上で、大日向先生が授業で教えてくださった、「子供と共感する心を大切にしなさい。」という言葉をいつも思い出し、子供達が伝えてくることで些細なことでも子供達の目線に立って一緒に「あ~ほんとだ!すごいね!」などと感動できる心を持つように心がけています。

現在恵泉で学んでいるみなさん、また、これから恵泉に入学しようかと考えている皆さんには、偉そうなことは何も言えませんが、恵泉にはその名の通り、自分が困った時に泉となってくれる先生方、事務の方々、友達がすぐ傍にいてくれる大学です。悩んでしまっている時は、いつでも、そしてどんな些細なことでもそれらの人々に声をかけ、聞いてもらうことで必ず力をもらうことができます。自分のグループの友達だけに固執しないで、他のあまり知らなかった友達や先生方と知り合おうとする勇気を持ってください。自然に自分の世界が広がること間違いなしです!どうか在学中にそのような恵泉の泉をできる限り汲み続け、心から美しい女性になってほしいと思います。(偉そうですね。)

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