『フィリピンの地場産業ともう一つの発展論-鍛冶と魚醤-』
佐竹眞明著 明石書店 1998年
堀芳枝 国際社会文化学科 東南アジア地域研究
国境を越えてモノ・カネ・人が移動する「グローバリゼーション」が加速化している。世界中どこへ行っても、マクドナルド、コカコーラ、スターバックスがあ り、現地の食事が口に合わない時に、日本で食するのと同じこれらの味にホッと安心するときもある(かもしれない)。私たちの生活の中でも、たとえば100 円ショップに並ぶ商品は中国で生産されているものが圧倒的だ。また、スーパーに行くと、フィリピン産のバナナやアスパラガス、タイ産の鶏肉、キャットフー ド、アメリカ・オーストラリア産の牛肉など外国産のものがたくさん売られている。こうした状況は日本に限ったことではなく、途上国のフィリピンも同様であ る。
フィリピンは外資系企業を積極的に誘致してGNPを挙げることを経済政策の中心的な柱としている。にもかかわらず、2002年フィリピンの失業率は 10.3%、海外への出稼ぎ総数は700万人にものぼる。そこで、外国企業に頼り、国家のGNPの上昇率だけを発展の基準として考えるのではなく、家族 揃って基本的な衣食住が満たされ、フィリピン人自身が仕事をする上で決定権を持ち、自尊心や誇りを回復させることを「もう一つの発展」として考える場合、 地場産業に着目することが重要であろう。こうした問題意識にもとづき、本書はフィリピンの鍛冶産業と魚醤(秋田県の「しょっつる」を思い出して欲しい)産 業について考察している。
筆者は1987年からフィリピンでのフィールドワークを重ねて上記の産業について調査をおこなった。フィリピンで農具や鋏などの鍛冶産業が盛んなのは、マ ニラからバスで3時間ほど南下したバタンガス州などである。そのほとんどは家族や親戚で構成された10人前後の家内工業、零細企業である。製品は中間業者 を通して全国の公設市場や露店で販売される。原料となる地域の鉄くず屋、炭生産などへの産業連関もみられ、雇用創出にもつながる。ただし、中間業者が卸売 価格を設定するため、生産者はそれに左右されてしまう。また、労働者の厚生が十分保障されていないことや、鋏については外国産に押され気味だという問題も ある。
フィリピン人の食卓に欠かせない魚醤はマニラ首都圏やバタンガス州で盛んに製造されている。鍛冶産業に比べて産業としての発展性も見込まれる。事業形態は 家族労働から中小企業まで様々である。製品は中間業者が入る場合もあるが、生産者が直接公設市場や直売店で販売することが多い。アメリカやサウジアラビア などにも輸出されている。産業連関効果は、地元の漁業や製塩業、壺製造業、瓶製造業、印刷業にも及ぶ。また、生産者たちが自ら組合を組織し、原料の購入価 格や販売価格の統一を取り決めるだけでなく、汚水処理などの問題にも取り組んでいる。このように、後生産業は国内の原料を用いて他産業に対する波及効果を 通じ、雇用所得を生み出し、地域間格差の是正や自立経済という「もう一つの発展」の重要な要件を満たしている。
発展の意味を問い直し、地域に根ざした人々の「基本的ニーズの充足」、「参加」、「自立」、「公正」といった要素も発展の大事な基準であると考える人々にとって、フィリピンでの現場を綿密に分析した本書は、多くのことを示唆してくれると思う。
「過去への旅」だなんて、そんな大それたものじゃない。歴史大作でもなければ、タイムマシンも出てこない。私がおすすめしたいのは、ほんのちょっと昔の、二度と訪れることのない大切な日々へのタイムスリップ、映画『Dearフレンズ』 (1995年アメリカ)だ。
仲良し4人組だった女性たちが、1人の初めての出産を機に、10年ぶりに故郷で再会し、変わらない友情を確認する。回想という構成で、1970年、アメリ カ郊外の住宅地での、彼女たちの12才の夏休みの物語だ。(わかりやすく言うと、女の子版『スタンド・バイ・ミー』。おそらくいろんなところでそう言われ てると思う。)物語といっても、特に何が起きるってわけでもないのだが、彼女たちのなんてことのない退屈なはずの夏休みが、キラキラ輝いて見える。
この映画の一番の魅力は、4人の女の子たちがとても可愛らしいところだ。サマンサ、ティナ、ロバータ、クリシー、4人それぞれ個性的で可愛い。ちなみに私 はティナとサマンサが好き。私にはこの映画に出てくるみたいな種類の友達は残念ながらいないので、ちょっとうらやましくもある。けれど、この映画を見る と、幼なじみと会ったような気分になれる。
それから、この映画のなかで私が最もすきなのは、4人の"緊急招集"の方法だ。まず、サマンサが自分の部屋の窓から手をのばしてロープをゆする。すると、 ロバータの窓辺の鈴が鳴り、それに気付いたロバータがティナに懐中電灯で合図を送る。そして、ティナがクリシーにトランシーバーで呼びかけるのだ。(電話 じゃなくて、トランシーバーってとこが良い!)4人はこうして夜中にこっそり部屋から抜け出し、集合するのだ。
そんなわくわくするようなものが、この映画にはたくさん散りばめられている。
作品を作り出す作家の豊かな二つのソウゾウする力-創造する力と想像する力-に作品を通じて触れる事は私にとって幸せな経験です。彼らが自分たちの手の中 にある素材をどう料理し、又私たちに提供してくれるのか?この期待感は私の本を読むスピードを上げるアクセルです。私のアクセルを力一杯踏ませ続け、過去 への豊かな旅を演出した二つの作品を紹介したいと思います。「斬首刑直前、夫は妻の鼻を噛み切った。」この短い文章をきっかけに生まれた『後日の話』河野 多惠子作がひとつ目です。舞台はイタリア中部、トスカーナの小都市国家、時は17世紀、主人公の名はエレナ、当時の生活の必需品、蝋燭を扱うナルデイ商会 の娘。さてエレナは小さい時から、人々の噂になる子供でした。小さい時は大人相手の傲慢とも言えるその振る舞いのために、年頃ともなると、その浮名の故 に・・・。そんな彼女と是非結婚したいという男性が現れます。
その男性の名はジャコモ。熱烈な彼のプロポーズを受け入れエレナは結婚するのですが、その幸せな結婚生活も2年は続きませんでした。ジャコモが、仕事先で 人をあやめ、死刑に処せられる事になります。そして処刑直前最後の別れにエレナが彼を訪ねた時に「鼻事件」が起こります。物語は事件後のエレナの姿をも丁 寧に追っていきます。そして10年後のある日彼女は重大な決心をします。その決心というのは・・・。
この作品はその物語の展開の仕方、人物描写の方法、作品の随所で語られる人々の生活の様子(えせキューピッド役の洗濯女達の話、籠筒に入った花束etc.)などによって楽しい過去への旅をさせてくれます。
もうひとつの作品は、日本の過去への旅に誘ってくれます。共同体としての地域社会がいい意味で機能し、自然とゆったりと共存していた私たちの祖先の姿を垣 間見せてくれる作品へと、昔話を変身させた作品です。その作品の名は『龍の子太郎』松谷みよ子さんの作品です。
龍から生まれたと噂される「龍の子太郎」は怠け者。一緒に暮らす「ばあさま」一人に働かせて、「ばあさま」の作ってくれる弁当を持って一人山に登り一日中 歌を歌ってすごしていました。ある日「ばあさま」が転んで寝込んでしまいます。その時「ばあさま」は彼の母親について重大な話をします。彼女は或る事で龍 に変身させられ、今は両目を失い北の国の湖に住んでいるというのです。彼女の目は太郎が赤ん坊の時乳の代わりに彼に与えられ、彼はそれをしゃぶりしゃぶり 成長したのでした。太郎は母親を探しに北の国へ旅する決心をします。動物たちに助けられ、鬼に人身御供(ひとみごくう)にされそうになった娘を助けたり、 住み込みの使用人になって米作りに励んだり、色々な経験をして、「怠け者の太郎」から「働き者の太郎」へと成長していきます。
耳から聞く朗読の声も又私を過去への旅に誘ってくれます。日曜日の夜10時15分NHK第一594khz「ラジオ文芸館」、様々な作品が読まれますが、乙 川優三郎さん、京極夏彦さんなどの時代物が朗読されるとゆったりとした時間が流れ、その世界にすっぽり包まれて過去への旅の終着駅まで私は運ばれていきま す。
*「後日の話」「龍の子太郎」は図書館にあります。
本を読んでいると、別々の時間軸で語られていたふたつのストーリーが合わさり、過去からの時の流れが現在の時に流れ込む、あるいは、ふたつの時が渦のよう にまじりあう瞬間を実感することがあります。それまでは登場人物と一緒にいろいろな経験をしながらも読者の立場から読んできたものが、この瞬間に突然自分 もその中に巻き込まれ、その現場に立ち会っているような感覚、とでもいえばいいか・・・。
最近『二つの旅の終わりに』(エ イダン・チェンバーズ著)という本を読みました。主人公はアンネ・フランクの大ファン(まさにファンとしか言いようがありません)のイギリス少年。彼は祖 母の代理として第二次大戦の記念行事に参加するためにオランダへ行きますが、そこで現代がかかえる様々な問題にぶつかります。安楽死(尊厳死)、同性愛、 家族間の葛藤などなど。彼を中心として現代の話が進む一方で、もうひとつの時間では、戦時下のオランダでひとりの少女が危険の迫る中、怪我をしたイギリス 兵を助けようとしています。この二つの物語が交互に語られ、だんだんその結びつきが明らかになっていき、「瞬間」が訪れます。この本ではたくさんの問題が 扱われていますが、それらを真剣に語り合う若い人たちの姿がとても印象に残っています。
もうひとつ、やはり戦争を扱ったもので『メイの天使』(メルヴィン・バージェス著)でも同じ「瞬間」を味わいました。この物語ではタムという少年が実際に 二つの時間を行き来します。崩れかけた廃屋から第二次大戦中のイギリスの村へ行き、そこで戦災孤児のメイという不思議な少女に出会います。メイは誰にも心 を開こうとしなかったのですが、タムとは心が通じ合うようになります。彼女を待ち受ける運命を知ったタムは彼女を救おうとするのですが、過去を変えること はできない-といってもこの本の最後は決して暗いものではありません。
過去を知ることが現代を知ることにつながる-そしてそれが未来へとつながってく・・・。
読書は旅のようなもの。活字に乗って過去へ未来へ旅をするにはこの本、コニー・ウィリス著『ドゥームズデイ・ブック』 (B3A/W)がうってつけです。
舞台は近未来2054年。過去へと向かうタイムトラベル技術が確立したため、歴史研究が飛躍的に進んだ時代。中世の世界にあこがれる優秀な女子学生キヴリ ンと彼女の非公式指導教授ダンワージーが主人公です。キヴリンは、これまで近過去(19・20世紀)に限られていた実地調査の対象を大きく遡る、14世紀 オックスフォード近郊の村への実地調査に抜擢され、単身トライします。が、サポートするタイムトラベル技術者がキヴリンを送り出した直後、謎の伝染病を発 病して倒れます。これを発端に21世紀の世界ではこの伝染病が蔓延し大問題となり、キブリンは避けたはずのペスト大流行の時代に送り込まれてしまいま す・・・。
21 世紀(ダンワージー教授)と14世紀(キヴリン)の2つのパートに別れて話が進行するのですが、どちらのパートもとても面白くて、「もうどうにも止まらな い」思いで、読み終えるまで睡眠不足の日々を過ごしました。特に14世紀の人々の生活の様子はとても興味深いです。このあたりは著者の調査と想像力の賜物 でしょう。また、伝染病が大きな役目を負っていますが、これは現在の私たちの生活の危うさを示唆しているようです。21世紀パートの伝染病にはSARS騒 ぎと同時期に読んだため現実感をひしひしと感じ、14世紀パートのペストの猛威にはキヴリンと共に恐怖と無力感を味わいました。
文庫版にしては分厚い上下本ですが、極上の旅を約束してくれますよ。
◆ 図書館公式ホームページ・リニューアルオープン!
図書館には、公式ホームページと、より具体 的な内容を盛り込んだ学内ホームページの二つがあります。このほど、新システムの導入に伴い、公式ホーム ページを全面的にリニューアルして新たにオープンすることになりました。フロントページは、恵泉のスクールカラーである緑色を基調に、教育の3つの柱であ る「聖書」・「国際」・「園芸」をイメージしたものです。新しい公式ホームページでは、「お知らせ」、「カレンダー」、「利用案内」などが自宅からも自由 にご覧になれます。また、「蔵書検索」 の画面では、本人の利用状況を確認すること ができるようになりました。登録が必要となりますのでカウンターにお 申し出ください。なお、「おすすめ本」や「パスファインダー」などのページは、引き続き学内ホームページで掲載・更新の予定です。「公式」「学内」ともど もご活用くださいますよう、宜しくお願いいたします。
◆ 雑誌・新聞
◆ 2004年4月より図書館利用者カードが学生証と兼用になりました。
すでにお持ちの図書館の利用者カードは使用できなくなりますが、卒業後再使用できま すので、廃棄せず保管してください。再使用の際は手続きが必要ですのでカウンターにお問い合わせ下さい。
図書館にあなたの「タイムマシン」を探しにきませんか?(A)