2006年10月
「うらめしや、伊右衛門さま・・・民谷家も、伊藤家も、血筋絶やさでおくものか!」
怖っ!。
何が怖いって、この台詞を言う女の人の眉毛はすっかり抜け落ちて、頬もまぶたも、
顔中が醜く腫れ上がって、膿と血がブチュッって小さく吹き出てるんです。そんな中、鏡に向かって髪を梳いたらば、自分の髪がゴソッと丸々抜けるんですよ。 自分の髪が何の痛みもなく、手のひら一杯に束になって抜け落ちたのを見て、絶叫しない女の人は皆無でしょう。
「ナゼ?」
私にはいま、皆さんの頭に??マークが浮かぶのが見えました。
初めから順を追ってお話しましょう。
昔々、江戸の四谷に、お岩さんという美しいけど例によって病弱な女の人が、貧乏で
性格の少し悪い男の人と暮らしていました。男の名は伊藤園のお茶みたいな名前で、伊右衛門と言いました。ある日、お金持ちのお隣さんが尋ねてきて、親切にもこう言いました。
お岩さんのために、よく効くお薬をもってきました。飲んでください」
お岩さんは、義理に堅いお人だったので、伊右衛門にお隣さんにお礼を言うようにお願いしました。伊右衛門がお隣さんのお家に行くと、それはそれは綺麗な 少女、梅がいました。実は、梅が伊右衛門に恋をしたので、梅の思いをどうしても叶えてやりたかった梅の祖父が、お岩さんを邪魔に思って、薬と称して、飲め ば顔が崩れる毒を贈ったのです。
ひー!あつい!! 顔が・・・顔が焼ける、焼ける!!」
「どうじゃ、岩。薬は効いたか?」
「いいえ、伊右衛門さま。顔が、熱くて痺れます」
ちらと見ると、岩の顔がパンパンに膨れ、髪の生え際から血が滴っています。
岩が手鏡を覗くと、眉毛は抜け落ち、まぶたは腫れ上がり、乱れた髪を、櫛で梳いたら、ズルズルと櫛の目にからんで、髪の毛が抜けるではないか!
「これが、顔?私の顔・・・!? おお、こ、わ、れ、る!ー顔が壊れる!!」
そのままお岩さんは、伊右衛門に他の女と結婚することを告げられ、小姓と共に殺されてしまいました。
このあと、どうなったと思いますか?伊右衛門は、お金持ちの梅と仮祝言を挙げました。しかし、いきなり梅が「き・・・き・・・」と奇声をあげて笑い出し、 梅の顔は、岩の醜い顔に変ります。「うらめしや、伊右衛門さま・・・」。伊右衛門が一気にその首をはねると、転がったのは梅の頭でした。伊右衛門が岩と一 緒に殺した小姓の顔も現れて、「だんなさま、地獄でござる・・・」と言われ斬ってみれば、梅の祖父の首が飛びました。
祟りだ ! 岩の祟りだ !」
伊右衛門が半狂乱になって、江戸の町を逃げ回っても、血と膿にただれ落ちた岩の顔が追いかけてきます。水を飲もうと桶に手を入れれば、血の滴りと共に岩 の髪の毛が絡まってきます。最後に川まで逃げると、川から岩が現れて、手を伊右衛門に伸ばしてきます。
「うらめしや、伊右衛門さま・・・。民谷家も、伊藤家も、血筋絶やさでおくものか!」
「だんな様、地獄でござる・・・」「おなつかしや、伊右衛門さま・・・」
岩と小姓の怨霊に、伊右衛門は半狂乱になりながら剣を振り回し、最後には狂って、自らに剣を刺し死んでしまいました。伊右衛門の体に女の髪が絡まってい たのは、言うまでもありません。怖いですね。狂って死ぬなんて、私の中では最悪のパターンです。死ぬときは、激しい運動をしてカロリーを消費することな く、お日さまの香りのするお布団の上で、緑茶でも一杯飲んでから、のほほんとほんわり逝きたいものですね。
金の経験は私の想像を絶するもので、安易に云々することはできませんが、ただ、ここからも、食べるという行為を支配しているのは本能とは別のものである可 能性をみることができるような気がします。これまた彼とは次元の違う話ながら、減量に慣れた私のウエイトは、以後、面白いように減っていきました。大体1 週間に1㎏のペースで減り、試合の2週間前には規定を割り、直前には意図的に1㎏増やして本番に臨んだほどでした。
ところで。
どうしてわざわざ顔が崩れ、髪が抜けるだけの毒なんか贈るのでしょう。毒と言っても、顔が崩れ、髪が抜けただけで、まぁ体に不調があるとしても、伊右 衛門に殺されるまでお岩さんは生きていました。スパッと死ねる毒を与えて何も知らずに死んだならば、こんなレベルの高そうな怨霊にはならなかったのではな いでしょうか?顔が崩れて髪が抜けるだけの毒って、むしろかなりの技術だと思いませんか?調合も難しそう。
お岩さんは、実在の話だと言われています。昔から、お岩さんを演じたり、むやみに
お岩さんの話をすると、祟りがあると言われています。実際、不可思議な現象があるようで、お岩さんを演じるときは、必ず御祓いなり、お岩神社に参拝などするそうですが・・・ちょっと待って、待って、待って、!!
これを書いている私は大丈夫なのかしら!?
今、草木も眠る丑三つ時なんですけど!! 数時間後が締め切りなので、真夜中にこの原稿書いているんですけど!? そう思った瞬間、何か背筋が寒くなって、後ろにあるはず無い気配を感じちゃったりするんですけど・・・!? 後ろを振り返るのが怖い・・・頭が重くて痛い気がするんですけど・・・!! 一度怖くなると、後から後から怖さが滲み出てくるんですけど!! 怖いよおおおお!!(>0<);
四谷怪談、牡丹燈篭「いちまぁーい、にぃまーい・・・・・・きゅうまぁーい。・・・・・いちーまーいーたーりーなーいー」で有名な皿屋敷。耳なし芳一、トイレの花子さん。
日本って怖っ。
*『東海道四谷怪談』(鶴屋南北作)は図書館にあります。
『七つの怖い扉』
秋になり、日が落ちるのも早くなってくる と、夕暮れ時に一人で歩いている際になにかの気配を感じたと錯覚し、必要以上に周りをきょろきょろと見回してしまうことが、稀にある。その際にいつも、 きょろきょろ見回している自分の行動のおかしさを恥じながら、何も無かった事への安堵感を感じている自分がいる。また夜、自分の部屋で一人物事をやってい るときに、ふと、なにかの気配を感じ後ろを振り返る事がある。そのときも、やはり安堵感を覚える。私たちは、こうした日常の生活において、日々、小さな怖 さにであっているのではないだろうか。しかし、たいていの場合実際に遭遇する事がないため、あまり"怖い体験"をしたと言う自覚が芽生えないのではないだ ろうか。
この『七つの怖い扉』(新潮文庫)は、日常に起こりそうな話がきっ かけになっており、話の中にするりと入ることができる。また、すべての収録作品に日本の暗く、よどんだ哀しき人間の業が彩られており、読むものに怖さだけ ではない人間としての情を与えている。また、作家七人の短編集であるために、それぞれの作家の特色も楽しめ本の厚みは薄いながらも、非常に濃い内容になっ ている。個人的には、宮部みゆき著の「布団部屋」が後味も一番よく、人情味にあふれていておすすめだが、怖さという点では、阿刀田高の「迷路」、乃南アサ 「夕がすみ」、小池真理子「康平の背中」が挙げられる。特に、この三作品においては人間の業というか、哀しさが色濃い。終わり方も、こちらが一瞬「えっ」 と絶句してしまうような終わり方になっている。
この本を読むと、結局、人間というものが一番怖いのだといわれているような気分になった。私は、怖い話を読むと幽霊やお化けに同情し、可哀そうで泣いてし まう自分の中に、自分の生に対する優越感と、そのような危険な目に遭ったことのない自分の安心感というか、たるんだぬるい日常の中での人間の業を見たよう な気がした。
『SINKER-沈むもの-』
何時 であったかずいぶん前に、ある刑事ドラマで「"過去"は"未来"に復讐する。」と言う台詞があった。それが、犯人のものであったか、はたまた刑事の言葉で あったか、被害者の台詞であったかは定かではないが、それを聞いたときにまだ子供でありながら、一人の人間として、軽い危機のようなものを覚えたのを、こ の本を読んだときに久しぶりに思い出した。その危機感のようなものは、おそらく、未来への不信感と、過去への後悔の念の塊であった私であったからこそ、感 じてしまった事なのかもしれない。また、それは犯罪が異常ではなく、日常化してしまうことの異常性を子供ながらに感じ取っていたからかも知れない。単に "復讐"といっても"復讐"と聞くと、どうしても何か、自分の身体に置ける安全性が損なわれたり、命の危険にさらされるなど、すごく大変な事であるかのよ うに聞こえる。また、人の過去の記憶能力においては、非常にあやふやである。自分がどこの誰とどのように関わったかは、詳細まで覚えている事は無いと思 う。もし仮に、そこで、自分に非があるようなことがあっても、たいていの場合、やったほうは覚えていない場合が多い。覚えている場合でも、詳細までは覚え ておらず、いい加減な場合が多い。でも、やられたほうは覚えている。たとえ、記憶が薄れていようとも、体が覚えている。インプットされている。おそらく、 それは未来永劫消える事はないのであろう。
この平山夢明著『SINKER-沈むもの-』(徳間書店)は、 他人の内部に<沈み>ヒトの意識をコントロールする超能力者とキタガワという刑事が幼女誘拐事件の解明のために共に、犯罪者の検挙に奮闘す る、と言う内容であるが、どちらかと言うと、ミステリーよりも、推理、サイコ・ホラーよりの内容となっている。また、話の展開も色々な人物の視点から描か れており、長編ながらも、読むことをあきさせないように工夫されている。また背景描写も実に鮮明に描かれており、(グロテスクな表現も含む)読んでいると きに、つい独り言が多くなってしまった。フィクションながらも、犯罪者の生い立ち、被害者の関連性が、過去のある一点においてかさなったときに、今まで断 片的であったパズルのピースが一つにつながってくる。そして事件は、思いもしなかった変革を遂げ、物語は一気に終焉へと向かうのである。そして、確実に "過去"は"未来"に復讐する。
過去に犯した過ちが、未来の行く手を阻む。「"過去"は"未来"に復讐する。」この言葉の意味するところが、現代の犯罪社会を反映していない事を、私はこいねがうのである。
復讐、ということばの色は何色だろう?
ある一冊の本と出会って以来、私には1色の色しか思い浮かばない。
『深紅』(野沢尚著 講談社)という名の小説は、小学校の修学旅行中に自分以外の家族全員が惨殺された少女の物語である。
家族を失ったものの抱く恨みの螺旋を走り続ける彼女は、加害者の娘と接触を図り、その計画を遂行させていく。殺人者の娘は殺人者に変えてしまえばいい。決 して自らの手を汚すことなく、タイミングを見計らって心理操作していく様は、読んでいてこちらまで侵食されそうな勢いを持っている。一つひとつ、と真実に 近づいて行くほどに被害者と加害者同士の間に存在していた渦を知っていくことになる主人公。長い螺旋の末は何処なのか。
ただ、覚えていてほしい。この物語は単なる復讐劇ではない。その螺旋を自らの手で断ち切る姿は、強く、そして哀しそうでいて何故か、美しかった。その結論に行き着いた彼女の姿が、怖かった。
◆ 雑誌・新聞
小学生の時、音楽の先生からオルガンの効果音つきで聞いたポーの「黒猫」。余りに怖かったのでいまだに本を読み直せないままです。(A)