恵泉女学園大学

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留学・国際交流

1年間の恵泉生活を終えて

鄭地恩(韓国 新羅大学校:長期)

初めて両親と長い期間離れての生活だった。それだけの不安と期待を抱いて日本に上陸。二年ぶりの東京だった。以前来た時は期間も一ヶ月で短くて旅行をする気持ちだったので、心配はなかった。しかし、今度は一人で全部をしなければならない状況で、本当にわたしが出来るのかという、自分への不信もあった。だが、母国では出来なかった勉強、さらに日本語で授業を受けると言うことは自分にとって非常な楽しみだった。母国語はもう通じないということが新しい興奮をもたらせた。不安だらけの自信。こうして約十ヶ月の恵泉での留学生活は始まった。

日本に着き二週間ぐらいが経って授業が始まった。せっかく日本に来たから日本語で日本語の授業を聞いてさらに実力を伸ばしたいと思ったので、授業はほとんど日本語に関する授業だった。様々な日本語表現を身につけるための授業、そして恵泉の独特の授業である園芸の授業などを取った。全部の授業が役に立った。けれど、何と言っても一番印象に残っている授業は園芸の授業だ。学校の授業では勿論、日常生活でも滅多に触れることが出来ないことなので、授業ではなく珍しい経験の一つだと思っている。自分の手でまいた種が食べられる植物になって自分の手に戻ってきたことが不思議だと思った。

春学期が終わって夏休みが来た。初めての日本の夏は本当に暑かった。噂で聞いた蒸暑いという言葉の意味を体を通じて感じたのだ。結局、絶えられず母国へ帰国したので日本での夏の想い出は、神宮外苑花火大会を見ただけであまり残っていない。でも花火大会があまりにも綺麗だったため、日本の夏を楽しまなかったことについて後悔はない。

九月になり日本に戻ってきた。秋学期は日本語より、さらに多様な授業を聞きたいと思った。それで近現代史、文化人類学、社会学などを受けた。今になって正直に言うと、この中に以前はあまり興味を持っていなかった分野もある。しかし、一回一回授業を聞いている度に興味を持つようになってきた。特に日本文学史と文化人類学は取ってよかったと思っている。日本文学史といえばただ文学の歴史ということが思いついて、自分も歴史のことを勉強するのだろうと思った。だが、近現代の小説を新たな視点から読んでみようという授業だった。本を読むことが好きではない自分に本の面白さが分かるようにしてくれた授業だった。そして文化人類学は授業を取ろうとした時はどんな内容を勉強するのかもよく知らなかった。それが授業をきく度々、内容が面白いと感じてきたので、秋学期の授業の中で一番面白い授業だったと思っている。

秋学期は授業の種類がさまざまだったので、それだけ課題や試験も多かった。でも全てが終わった今考えてみると本当に役に立てたとおもっている。試験のこと以外にも期末は何が何か分からないほどの忙しい日々だった。今はそれだけの甲斐を感じている。本当にこんなチャンスが私にきてよかったと。

交換留学が決まったときは期待と嬉しいだけだった。しかしこちらに来る日が近づいてくるほど新しいところに対する不安が膨らんできてやめられないのかと思ったのだ。でも今はきてよかったと思っている。日本の学校に通うということは高いお金を払って一人で全部を解決しながら生活する上に、勉強も頑張らなければならない。しかし、恵泉の皆が支えてくれたのでわたしは勉強のことだけを考えればよかった。こんないいチャンスが私に与えられたことは今までの人生の一番の幸運だと思う。そしてそれを逃さずにつかんだことは今までの人生の中で一番いい決定をしたことではないかと思う。