恵泉女学園大学

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本学について

2006年4月

皆さん、今日は。恵泉女学園大学のホームページを訪問して下さり有難うございます。
今月から、原則として毎月学長からのメッセージを掲載したいと思います。
今月は、去る4月3日に行われた入学式の式辞を掲載します。
学長や大学への質問などがありましたら、ぜひお寄せください。

新入生の皆さん、入学おめでとうございます。
私たち恵泉女学園大学の教職員一同は、皆さんを心から歓迎します。皆さんが充実した学園生活を送れるように、私たち教職員は全力を尽くします。
今、お読みいただいたように、皆さんは、まさに、「新しい天と新しい地」を見ることになります。皆さんの人生で、とても大切な日々が今日から、ここ恵泉女学園大学ではじまるのです。
恵泉女学園は河井道先生によって創設され、とてもユニークな歩みをして来ました。何故、ユニークなのでしょうか。
それは河井先生のクリスチャンとしての信仰に基づく教育の理念と実践に由来するからなのです。私が高校生の頃に通っていた富士見町教会で河井先生の、お話しをお伺いしたことがありました。その凛とした先生のお姿とお話しが、強烈な印象に残っています。
河井先生が述べられた次の言葉の中には、恵泉教育のヒントがあると思います。
「私たちが神の子にされるということ、若い時から正しい方へ、美しい方へと導かれるということは、なんという喜びでありましょう」と河井先生は語っておられるのです。
すなわち、この学園は、創立当初から、「正しい方へ、美しい方へ」という思いを大切にし、学生一人一人の個性を尊重し、教職員、保証人の皆さんと力を合わせ共に歩んできたのです。

第一に、「正しい方へ」ということで、河井先生が言われた内容は、私たちが「人間として正しい方へ」導かれるということなのだと、私は解釈しました。つまり、「イエスキリストの教えと聖書」に基づいた正しい人間理解をふまえた信仰へと導かれることであると思います。
「あなたの若い日にあなたの造り主を覚えなさい」と聖書に書いてありますが、恵泉の学園生活の中で、キリスト教と聖書を学ぶことを通して、たった一回しかない私たちの大切な、かけがえのない人生と本当のいのちのルーツを見出してください。
皆さんが、河井先生の信仰と理想の後継者となられるように「人間として正しい方向へ」と導かれるように心から願っております。

第二に、河井先生は、ここでは「社会が正しい方へ」と導かれるということも意味されたのだと思います。この意味で、私たちの社会が神により「正しい方」へと導かれ、何よりも神にある真の平和、人と人との平和、そして国と国、国際平和の実現を願わずにはおれません。
従って、恵泉では「社会が正しい方向へ」行くようにとの理想の実現のために国際社会・平和・人権・開発などの問題を学び、社会的正義のための実践活動にもつなげる方向を大切にしているのです。
国際的に大きく活躍された河井先生は、第二次世界大戦の直前には、キリスト教平和使節団の一員として訪米し、当時の険悪な日米関係のさ中に、戦争回避のための対話による平和活動をされました。
その時のアメリカからのお便りにはこう書いてあります。
「日本も深く考えて、国際的に目を向けなくてはなりません。ますます、この学園の教育にはこの「国際」を発展させなければならぬことを教えられました」と語っておられます。日本で一番初めにこの「国際」という教科を学校教育のなかに取り入れたのが河井先生だったのです。

そして、第三に、河井先生がお考えになられた「美しい方へ」導かれるということの内容は、美しい「いのち」を育て、支えあうための「園芸」を学び実践することなのだと思います。
時には、ハードなフィールドでの実習を通し、神様の恵みの内にある素晴らしい自然と環境問題などを学び、いのちを愛する心を養いましょう。

1947年の春、丁度今頃の季節ですが、河井先生は次のように書かれておられます。「春がきた。庭も畑も人手を待っている。『早く手入れして種をまいて欲しい、私たちを美しくして役立たせてください』という無言の叫びを庭も畑もあげている」と語っておられます。

このように、聖書、国際平和、園芸を人間形成の要素にして、それを一つに統合した大学は世界中で、ここ恵泉女学園大学だけなのです。この意味で創立者・河井道先生の教育理念が、恵泉女学園大学をして国際的にみて、とてもユニークな大学にしているのです。
特に最近は、人間と社会の価値観が混乱し、従来の倫理基準が崩壊しつつあります。この時にあたって、私たちの恵泉は、聖書が示す『真理』の揺るぎない基盤の上に立って、神によって「正しい方向に、そして美しい方向に」導かれ、創立者河井道先生の理想の光を掲げて歩んで行く決意を表明しているのです。

今日、皆さん方は新入生ですが、今から五十年以上も前には、私も大学新入生でした。大学では、一生懸命に勉強し友人たちと考え合い、徹夜で激論をかわしました。また時に、福祉施設でのワークキャンプや農村復興ボランテイア活動のために日本国内やフィリピンやタイなど海外の諸国で働き、汗を流しました。
これらの貴重な体験を通し、私は大学生活の中で、今まで全く知らなかった「新しい天と新しい地」とを見たのでした。

その後、私は、タイのチュラロンコン大学、ベトナムのサイゴン大学、スイスのジュネーブ大学、アメリカのハーバード大学、そしてワシントンにあるジョージタウン大学など海外の大学で30年以上にわたって、研究と教育に従事してきました。そして、新しい学問である「バイオエシックス」のパイオニアの一人として、「いのちの倫理」をめぐる学問と「いのちを守り育てる人権運動」を世界に広げてきました。その間、大学で学んだことは、今に至るまで、私が大きく成長するための栄養分となってきました。

現在は、私たちが大学で学んだ時代とは比べられないほど多様な学問を学ぶことが出来ます。特に、恵泉には伝統ある人文科学をはじめ、社会科学・自然科学の学問分野を含め、他の多くの大学ではあまり開講されていない外国や日本の言語・文化・社会・芸術などに関連する様々な特色ある講義、ゼミ、コース、研修、実習がたくさんありますし、学部、大学院ともども素晴らしい先生方が揃って、皆さん方を待ち構えておられます。
また、アジア、アメリカ、ヨーロッパ、オセアニアなどでの海外研修の機会も皆さん方には開かれています。是非、自主的、積極的な学習にチャレンジして下さい。教室やフィールドでの熱心な勉強や実習をふまえて、先生方にはどんどん積極的にアプローチして下さい。

さて、さきほどお読みいただいた「新しい天と新しい地」の「新しい」という意味は、やがて古びてしまう「新しい」ではなく、本当に、質的に全く「新しい」という意味なのです。この恵泉女学園大学が皆さんにとって、この意味での「新しい天と新しい地」であると確信しています。なお、この「ヨハネの黙示録」の最後にある第22章21節を読んでみますと、 「主イエスの恵みが、全ての者と共にあるように」と書かれてあります。
まさに、「全ての者」、すなわち、クリスチャンであると無いとを問わず、このイエス・キリストの恵みによって「全ての者」が生かされる学び舎こそが、恵泉女学園大学なのです。
そして、この学び舎にあって、『恵泉』すなわち、「恵みの泉」から湧き出る水により、私たち「全ての者」が共に生かされるための礼拝が、チャペルで行われています.皆さん方の中には、初めてキリスト教に接する方々も数多くおられるかと思いますが、この「全ての者」の一員として、是非チャペルの礼拝にお出かけください。
また、この学園に学ぶ「全ての者」に開かれている、イースター、クリスマスなど、キリスト教に関連する行事をはじめ、楽しい全学的なプログラム、たとえばスプリングフェステイバル、多摩フェステイバル、講演会、オルガンコンサートなどの音楽会、多目的アワー、ボランテイアコーナー、ハンドベルなどバラエテイに富んだ活動や、学生たちが組織運営する信和会やクラブ・サークル活動も恵泉には数多くあります。全学的な河井道先生記念週間などの企画や聖歌隊、国際ワークキャンプなどのグループ活動をしている「キリスト教センター」や、皆さんの学習のためのパソコンやインターネット操作などIT環境をサポートするメデイアセンター、そして、わたくしたち教員が書いた本も含め14万冊もの蔵書のある図書館などの施設も大いに利用してください。
それらへの自発的な参加や活動を通して、恵泉の学び舎でのライフ、すなわち、いのちは必ずや豊かにされることでありましょう。

皆さん、「正しい方へ、美しい方へと」目標をさだめて、この「新しい天と新しい地」である恵泉女学園大学のアカデミック・コミュニテイに大胆に入って行きましょう。そして、「全ての」在学生、教職員一同と「共に」、主イエス・キリストの恵みの内に、歩んで行こうではありませんか。
新入生の皆さん、そして、保証人のみなさん、関係者の方々に対しまして、重ねて、教職員一同心から入学おめでとうとお喜び申し上げます。

最後に、今日の大きな喜びを「全ての人々と」共にわかちあうために、もう一回、今日とりあげました聖書の2箇所を読んで私の学長としての式辞を終わりたいと思います。
「わたしはまた、新しい天と新しい地をみた」。
「主イエスの恵みが、全ての者と共にあるように」

学長からのメッセージ (2006年4月) 木村利人