「FS最終日:宗教と自然と人間の関係について考えた10日間でした! 9/6、木曜日」インドネシア短期フィールドスタディ活動報告⑩

2018年09月11日

サラマッパギ~(おはようございます!)

今日は、インドネシアFS最終日。今夜のフライトで日本に帰国します。ジョグジャカルタに到着してからバリ島まで、長いようであっという間に過ぎた11日間でした。思い返せば、鉄道による移動も含めて、いろいろな体験ができた旅だったように思います。

特に、今回のFSでは、話を聞くだけでなく、現地の人たちと一緒に生活をして、接している時間が長く、彼らの考え方や文化など、たくさんのことを学ぶ機会になりました。その中で、特に宗教と自然について印象に残っているので、ここで書きたいと思います。

インドネシア・イスラム大学の学生と交流していく中で、普段日本で接することが少ないイスラム教と暮らしのかかわり方を学びました。最初に訪問したジョグジャカルタにはイスラム教を信仰している人が多く、礼拝室があらゆる建物の中にあり、学生たちも途中で私たちと別れてお祈りをしていました。1日5回のお祈りが彼らの中心にあり、生活のリズムをつくっていることが良くわかりました。

しかし、そのお祈りも、女性が生理の時はできないなど、男性よりも多くの制約が課されています。生理の血が不潔だという考えに、正直、私は違和感を感じないわけではありません。ある時、「不満はないの?」と聞いてみました。彼女の答は、「そういった状況(生理)など、人間には良い時もあれば悪い時もあるのが自然なことで、その悪い時にも対処の仕方があって、それに従って生活するのは当たり前」とのことでした。頭では理解できても、どうもしっくりしません。「多様性」と言ってしまうのも何だか...。難しい宿題です。

もうひとつ、バリの村では自然との関わり方を学びました。ものを作る工程には、完成形を先に想像して、それに合う材料を探していく方法と、目の前にある材料から何ができるかを創造し、形を決めていく方法の2つがありますが、村の日常生活で使っているものの多くは後者の方法で作っていると思いました。何か容れ物がほしい。周りを見渡せば竹が生えている。なので、竹で容れ物をつくったら、こんな形の竹籠になった、という感じです。ヒンドゥーのお供え物も同じです。もちろん、彼らも携帯やホッチキスなど、現代的なものも使っています。でもそれは、「便利なもの」として必要な時だけに限定して使っている。私たち日本人は、一般の電話からガラケーになり、そしてスマートフォンという時代の流れにそって進化してきたものに囲まれて暮らしていますが、それだけモノが生活の中に当たり前のようにあるために、逆にそれらに依存(あって当たり前)してしまっているのではないでしょうか。でも、村の人々は、そのような過程を飛ばして急にスマートフォンを手に入れたため、スマホは村の生活や時間の過ごし方から断絶している。そのため、文明の利器と暮らしが適度な距離を置いて離れているのではないか、というのがメンバーで話し合った結論です。

この10日間は、私にとってインドネシアを知るきっかけになっただけではなく、たくさんの現地の人との関わりを通して、宗教と自然と人間の関わりを学ぶ機会にもなりました。このFSに参加した9人のメンバー、高橋先生、そして私たちのFSに関わってくれたすべての人に感謝の気持ちを伝えたいです。

テリマカシー(ありがとうございました)!

(国際社会学科4年、横尾朱音)

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