福島とつながる種まきプロジェクト

2012年08月14日

2012年2月に本学で開催された「種まきネット」発足記念イベントの記録集ができました。その一部を紹介いたします。

2012年2月4日(土)~5日(日)恵泉女学園大学南野キャンパス
主催:福島とつながる種まきプロジェクトネットワーク、恵泉女学園大学

福島とつながり、持続可能な支援をしていくために

2011年3月11日に起こった東日本大震災は、これまでにない規模と質の被害をもたらしました。地震と津波と原発の放射能が重なった被害の重さと大きさは、短時間での解決はないこと、一過性のことではすまないことを突きつけました。
とくに被害が大きいのが、将来にわたってこの状況を抱えて暮らしていかなければならない子ども・若者たち。再建復興は、単に元に戻せばいいというものでなく、食と農、エネルギー、産業全般、生活基盤までを問い直すものでなければならないでしょう。
この震災の教訓を歴史に刻み、地域のコミュニティ活動の中で永続的な支援を行うために。環境・農業・商業・教育に関わるさまざまな市民活動が連携し、福島とつながることで、互いのふるさとを失うことなく、希望を持って学び、働き、暮らすことができる社会を再建するために。そんな思いを持った人々が集まって立ち上げたのが「福島とつながる種まきプロジェクトネットワーク」です。
幸いにも、東京都の新しい公共の場づくりモデル事業助成金を得ることができ、その最初の大きな取り組みとして行ったのが2012年2月4日、2月5日、恵泉女学園大学での現地報告&交流会『福島の生の声を聞く。』です。
関わってくださったすべての皆様への感謝と、これから関わってくださる方々への期待を込めて、そして「福島とつながる」息の長い活動が続いていくことを願って、この記録集をお届けします。

2012年6月

福島とつながる種まきプロジェクトネットワーク 代表 遠藤良子

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福島で起こっていることは、日本のどこでも起こる

人間社会学部 学部長 澤登 早苗

みなさんの一人ひとりの言葉の中に本当に想いがこもっていました。その後にまとめの言葉を申し上げるというのはおこがましいのですが、発表者の皆さんについてひとことずつ補足させていただきたいと思います。お話しいただいた4人の方は畑を実際に見せていただいたり、福島に行った時に何回も話を伺ったりしている、有機農業運動のなかで長いお付き合いのある大先輩の方々です。
二本松の大内さんは、長年大地と向き合ってこられた方で、二本松有機農業研究会は、第8回「環境保全型農業コンクール」で「農林水産大臣賞」を受賞しているところです。私は震災の後、何度か伺った時に、本当に土を愛して頑張っていらっしゃると感じ、私たちで、何かできる事をしたいということで、お付き合いをさせて頂いています。

小池さんもまた、有機農業運動の中で長い間お付き合いをさせて頂いています。先ほどのお話しでも小池さんは20年前新しいところに移って、そこから生き物がたくさん住める場所を作ってきた。そこの土地が今回の震災で、放射能の被害を受けたこと。そこで、また何が出来るのか。お話し頂けたと思います。
浅見さんのところへは、一昨年、有機農業学会でお邪魔しました。浅見さんは千葉のご出身ですが、会津の山の中、大和町というところで農業を始められました。田んぼに水を引くのに、水路の掃除をしなくてはいけないのですが、過疎が進む中で、地元の人たちだけではとてもやり切れない。ということで、東京や都市の人たちを呼んで、せぎ(水路)さらいをするという、新しい取り組みを頑張って来られた方です。それが軌道に乗り出した矢先に、今回の震災があったということです。もともとそこに長く住んでいらっしゃった大内さんとは違い、浅見さんはそこを出ようかどうか迷われたのではないかと思うんです。その中でも、福島の中で何をして行こうかと、若手ホープとして頑張っていらっしゃいます。
菅野瑞穂さんのお父様の正寿さんには、去年の5月「福島を想うプロジェクトat恵泉」に来て頂いて、お話しを伺いました。その後何回か、福島に伺っているうちに、瑞穂さんには、学生たちと同じくらいの年齢、どんな思いで農業をしていらっしゃるのか、ぜひ話をして欲しいと願っていました。そして今回、その想いが実現しました。
原子力発電所の事故とその後の様々な出来こと、福島で起こっていることは、日本のどこでも起こりうること。世界のどこでも起こりうること。福島の農業を立て直すことができなければ、日本の農業はだめになってしまう。あるいは地球上で食糧が生産できなくなってしまうと思います。その意味で一人ひとりができることを、小さいことかもしれませんが、福島の人たちと手を取って、つながって、できる事を無理せず、これからやって行きたい。この事を今回のまとめの言葉としたいと思います。
私達は女子大ですので、福島に多くの女子学生を送り込むということは出来ません。しかし、1年生全員が畑で有機で野菜をつくるという栽培の授業をやっていますので、畑を耕して自分の食物を作って、食べている学生たちは、一番大地と向き合って来ている農家の人たちが自分の作った食べものを食べてもらえないという苦しみはわかるはずです。
そういうことで、直接お話しを聞かせて頂く。またそれをもとに聞いた事を人に伝えていく。また福島の物を販売する。その時、真実をもとに事実と向き合っていく。先ほども瑞穂さんからも話が出ましたが、測定した物を販売していく。科学的な根拠に基づきながら、私達は今、何が出来るか。子供や、若い人たちの健康を守りながらも、こういう社会を作ってきてしまった大人の責任として、私達は食べながら、被災農家を支えながら新しい社会を作っていくことにしていきたい。
これをスタートに、ぜひみなさん、これからつながって行きたいと思います。ありがとうございました。

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未来への希望-福島からの光

恵泉女学園大学
学長 木村 利人

福島県立小高商業高等学校の皆さん方が撮ったビデオのダイナミックな映像はショックでした。一つの高校なのに、あちらこちらに分断されたサテライト校での極めて不自由な学校生活の実情は、この事実に無知だったわたくしたちへの大きな問題提起となりました。
転出していった友人たちも映像に登場して、明るい友情のつながりに、私たちも涙しました。しかし、地震、大津波、原発事故、そして避難という言葉に絶する大きな悲しみと苦しみをこえて、未来の希望へと歩み続けている福島県立小高商業高等学校の皆さん方の輝いた瞳に希望の光を見出したのです。そして、皆さん方のアイデアによるとても美味しい「だいこんかりんとう」を味わいながら、この若さにエネルギーがきっと日本を変革し、未来の新しい希望を作り出すことになると確信しました。
恵泉女学園大学のキャンパスに、福島からいのちについて深く考え、食農やその開発を学び、実践している若い世代の皆さん方をお迎えできて本当に嬉しく思いました。それは、いのちのルーツとしての「聖書」に学び。いのちを支え合う「国際・平和・開発」を体験学習し、いのちを慈しみ育てる「園芸」という三つの教科を統合した創立者河井道の、現在から未来へと向けた恵泉の教育理念の実践と深く関わり合っているからなのです。

恵泉女学園大学は「いのち」を尊び、地域に根ざした「食農」教育を展開してきました。澤登早苗・人間社会学部(日本有機農業学会会長)による有機農業のネットワークを通して、従来から深いつながりのあった福島の農業の皆さん方がわざわざ本学におでかけくださり、現地報告をしてくださったのも大変に深く印象に残りました。本当に有難うございました。
「それでも希望の種をまく」(菅野さん)、「有機農業と原発は共存できない」(浅見さん、小池さん、大内さん)のそれぞれのご報告により福島を心から愛し、長年にわたり有機農業に従事されてこられたお話しに深く感銘し、その蓄積が今回のように根底から崩されても、なお「脱原発」と「消費者とのネットワーク」により、「人間復興」へとつなげていこうという限りなく困難な、しかし希望に満ちた報告に心から共感しました。
また、学生たちを引率してこられた福島県立小高商業高等学校校長で詩人の斎藤貢一先生(県立磐城高校出身)がお書きになった「汝は、塵なれば」という詩を、当日ご参加いただいた女優の秋吉久美子さんが、心に染み入るような美しい朗読をしてくださいました。その声が今も耳元に響いています。「父母のように いのちの息を吹き込まれて わたしとあなたは 死ぬまでこの土地を耕すだろう。たとえ、そこが呪われた土地であったとしても 耕しながら日々の糧を得るのだろう。(中略)野の花を摘みながら つつましき日々に感謝をしよう。」(旧約聖書『創世記 第3章「楽園追放」』より・一部分の掲載)
最後に、大学と国立や多摩などの地域共同体をつなげて、地元のボランティアともども、このような素晴らしい企画・運営をしてくださった「福島とつながる種まきプロジェクトネットワーク」の方々にも深く御礼申し上げます。皆さん本当に有難うございました。(2012年5月記)

※2012年4月1日付けで川島 堅二氏が学長に就任

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2月5日(日)教育農場見学

1988年の開学以来、1年生の必修科目になっている「生活園芸 I 」の教育農場を、澤登教授、サークルの学生らの案内で見学しました。

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