9月卒業式・学位授与式 式辞

2018年09月24日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

先週、9月の卒業式と学位授与式が行われました。学部生9名、院生3名の晴れの門出に下記の式辞を贈りました。

たゆたえども沈まず

皆様、本日は学部のご卒業、大学院のご修了、おめでとうございます。

今日の日を迎えるまで皆様を支えてくださったご両親、ご家族、ご関係の皆様と共にこの晴れの日をお祝いできますことを、教職員一同、大変嬉しく思い、心からのお祝いを申し上げます。

この佳き日に私から皆様にお贈りする言葉、それは「たゆたえども沈まず」です。

文語調で意味がわかりにくいかもしれませんが、最近、フィンセント・ファン・ゴッホの生涯を描いて話題となった原田マハさんの小説のタイトルとしてご存じの方もいらっしゃるかと思います。

しかし、私とこの言葉との出会いは、3年前に学長に就任してまもない頃でした。長く企業人・経営人として活躍された本学の宗雪雅幸理事長から贈られました。

「たゆたえども沈まず」とは、「強い風が吹き、波が荒れたとしても、船は揺れはしても、けっして沈まないという意味です」という言葉を添えて、企業経営の厳しさに鍛えられたご経験を縷々語ってくださりながら、大学運営の心得として贈ってくださいました。

何よりも私がこの言葉に惹かれたのは、パリ市の紋章に刻まれていることです。

パリ市には20の行政区があります。すべての区がそれぞれに絵柄は異なっていますが、いずれの紋章にも、波に揺れる帆船を描いた図柄と共に、「たゆたえども沈まず」を意味するラテン語"Fluctuat nec mergitur"の文字が刻まれています。

世界中の人々があこがれる華やかで美しい花の都のパリが、なぜこの言葉を紋章に刻んで標語としているのでしょうか。

パリにはまさにこの言葉に象徴される歴史があることは、世界史によく知られています。カペー朝、ヴァロア朝、ブルボン朝と、多くの支配権下での争いに翻弄され、第二次世界大戦下ではナチス政権の率いるドイツ軍に占領され、4年にも及ぶ苦しい時を重ねています。こうした苦難の目に遭いながらも、しかし、われわれはけっして沈まないというパリの人々の強い意志を、20区それぞれが掲げている紋章に感じます。

皆様の晴れの船出の日に、これからの荒波を予想するようなことはできれば慎みたい思いです。

でも、皆様の何倍を生きて私が思うことは、やはり人生は晴れの日ばかりではないということです。むしろ波風に揺れる日が少なくなかったというのが、正直な実感です。でも、人生は荒れているだけでは、もちろんありません。必ず晴れの日が訪れます。晴れの日を迎えるためにも、前進し続けることです。その時々は苦しくて、先が見えなく思うこともあるでしょう。そんな時は波に身を任せていればいい。揺れることも人生の力です。それが沈まない力です。沈みさえしなければ、必ず、船も、人も前進します。

この揺れる力、実はこれからの人生を生きる女性の皆様にとって、これほど必要で、かつ確かな力となるものはないとも思います。

皆様の前に待ち受けている未来社会はなかなか予測ができない、それでいて変化の激しい時代であると予想されています。そうであれば、時の流れに抗うことだけが術ではありません。
抗わずに揺れる時も大切です。揺れる心は立ち止まる慎重さをもたらしてくれます。揺れるからこそ、自分の足元や周囲を見つめる冷静さと、周囲の方々の力をお借りし、共に生きる謙虚な心が芽生えることでしょう。そうした力を蓄えながら前に向かって一歩一歩進むことが、結局は人生の実りとなるはずです。

今、恵泉女学園大学が掲げている「生涯就業力」、すなわち何があってもあきらめずに、進むべき目標を見失わず、周囲の方々と共に、しなやかに凛として生きることを大切にする力とは、まさに「たゆたえども沈まず」に他なりません。
苦難の歴史を持ちつつも燦然と輝く花の都、世界中の人々が憧れるパリのように、恵泉での学びが人生の波風を乗り越えて、かならずや皆様ならではのまぶしく美しい輝きとして実を結び、花開くことを信じております。

皆様のお幸せとご活躍を心から祈って、式辞を結ばせていただきます。

なお、来週はソウル市教育庁からお招きをいただきました講演のために韓国に出張してまいります。また10月20日の梨花女子大学との国際シンポジウムの打ち合わせをかねて、梨花女子大学の総長ともお会いしてまいります。そのため来週の「学長の部屋」はお休みとさせていただきます。