恵泉の平和教育のルーツとその結実と

2018年05月28日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

5月15日、世田谷キャンパスで開催された「恵泉会友の会」*年会で、「河井道の平和教育ヴィジョンとYWCAでの体験」と題して、元学長の石井摩耶子先生のお話を聞く機会に恵まれました。石井先生は河井道先生(1877~1953)について研究を続けておられ、今回は河井先生が恵泉女学園を創立する前に、日本YWCAで働いていた時代を中心としたお話でした。

11歳の時にアメリカ人女性宣教師サラ・スミスと出会い、21歳の時に新渡戸稲造の薦めでアメリカへ留学。ブリンマー女子大学内外での学びから民主主義の真髄と草の根民主主義を体験し、さらには学生YWCA協議会(修養会 1902年夏@シルヴァ・ベイ)での体験を積んだところから話が始められ、やがて「異人種・異文化間の相互協力・国際教育の現場としてのYWCA」「反戦思想の形成」「平和の大切さを肌で感じる」「夢見る学校作りへの出発」へと展開した講演は、最後に、次のようなメッセージでまとめられました。

「河井道の平和教育のヴィジョンは、まず第1に、神の創造されたこの世界は、神の支配の下で一つであるという彼女の強いキリスト教信仰に支えられたものであり、第2に、彼女の豊富な国際体験の中で育てられたものということができよう。特にそのきっかけは、YWCAによって用意されたものだった。とりわけ第1次世界大戦のリアルな姿は、日本の中に居ただけでは決して理解できない性質のものだった。戦勝国のイギリスにしてもフランスにしても、終戦直後の廃墟と化した状況、毒ガスの後遺症に病む帰還兵士たちの姿、塹壕の中での恐怖体験による精神疾患も深刻だった。その一方で1920年代アメリカの高度消費社会の進展ぶりに河井は驚きを禁じ得なかった。このような激動のヨーロッパとアメリカでのYWCAや、WSCF(World Student Christian Federation)等の組織にかかわり、深刻な議題の会議に出席して多くを学び、多数の世界的指導者と出会い、重要な責任を負わされる中で、河井道は育てられ成長し、彼女の独自の平和教育観が形成されていったのである」。(当日資料より)
石井摩耶子先生

本学は教育理念として平和の構築に尽くす自立した女性の育成を掲げていますが、それは「戦争は、女性が世界情勢に関心をもつまでは決してやまないであろう。それなら、若い人たちから、それも少女から始めることである」という河井先生の学園創立の理念を大切に踏襲してのことです。河井先生のこの英断の形成過程と社会的背景について、国際関係史研究者としての石井先生の史実に基づいた詳細かつ鋭い分析と共に河井先生が辿られた道のりへの熱い共感がこめられていて、70分余りの時間があっという間に感じられました。

山川・瀬戸夫妻

折しも、その前日の5月14日の夕刻、京王プラザホテルで、衆議院議員山川百合子さんとそのご夫君の瀬戸健一郎さんを囲む会「Peacemakers Forum 2018」が開かれました。山川さんは本学のⅠ期生(英米文化学科卒)です。山川・瀬戸夫妻は「平和をつくり出す人たちは、さいわいである。彼らは神の子と呼ばれるであろう」(マタイ5:9)という御言葉に立って、「武力によらない平和をつくる」「国家のために国民があるのではなく、国民のために国家がある」「だれもが大切にされる輝く未来を」という3つの理念に基づいて政治の世界で活動しているとのことでした.

河井道先生が撒かれた平和のために力を尽くし活動する女性の育成の意義が今こそ必要であること、そして、それが恵泉教育の中でたしかに実を結んでいることを痛感した2日間でした。

*「恵泉会友の会」は恵泉卒業生のご両親や退職した教職員有志の会です。恵泉にはこのほかに「恵泉会」(在校生の親の会)、「恵泉同窓会」(卒業生の会)があります。しかし、「恵泉会友の会」は娘が卒業しても、あるいは職場を離れてもなお、恵泉を愛し、恵泉を見守り支援をしようとしてくれている人たちの会で、 全国的にも非常に珍しい会ではないかと思います。
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