子どもの世界に拡がる格差を憂う

2017年11月20日

今年は恵泉女学園が創立されて88年目。その記念式典が11月2日、世田谷キャンパスで催されました。記念講演の講師は、昨年、日本人で初めて国連の子どもの権利条約委員に就任された大谷美紀子弁護士でした。「大人たちの身勝手で、世界中の子どもの人権が踏みにじられている。子どもの人権は等しく守られなくてはならない」という大谷先生の思いが溢れたお話でした。

その講演を聞いた後、私はかわいい訪問者を世田谷キャンパスの一室で迎えました。ある都内の私立中学2年生から「待機児童問題」についてインタビューを受けたのです。詰襟に金ボタンの制服姿で、黒ぶち眼鏡の奥につぶらな瞳が輝いている男子生徒でした。世田谷キャンパスは中学高校です。女子校に入ったのも初めてのようで、直立不動の姿で緊張感を全身にみなぎらせつつ、礼儀正しく名前を名乗ってくれました。私も自分の名前を告げて、「どうぞ」と椅子をすすめて座ろうとしたら、「名刺、ください」と言われてしまいました。大人どうしは初対面の時に名刺を交換する"儀式"から始めます。子どもだからと侮っていたわけではないのですが、相手は子どもではなく、一人の人として取材を受けなくてはと、改めて思いました。

用意してきた手元のメモを見ながら訥々と問いかけてくる質問は、どれも鋭くて、随分と勉強してきたことが分かりました。ただ、私の説明に対してメモを取る時と取らない時があるのです。すでに彼が調べて知っていることも少なくないようで、新しい情報が来たと思うと、懸命にペンを走らせていました。できるだけ彼の知らない情報をあげなくてはと、途中から真剣勝負のような気持ちでした。用意していた資料のいくつかを渡したところ、嬉しそうに「有難うございます」とペコンと頭を下げたあどけなさの残る笑顔が印象的でした。最後に、「取材の申し込みをしたとき、恵泉の事務の人にとても優しく親切にしてもらえました」とお礼を言われました。中学生が大学に電話をかけるのは、さぞ勇気がいったことでしょう。職員の対応に感謝したいと思います。

その夜、帰宅して何気なくつけたテレビ画面に映し出された子どもたちの姿は別世界でした。親に見放され、あるいは虐待を受けて居場所がないまま街をさまよい、空腹のあまりコンビニで万引きをしたり、非行に走ったりしてしまう子どもたち。そんな少年や少女に寄り添って30年余り、子どもたちの立ち直りを支えてきた女性、「ばっちゃん」こと元保護司の中本忠子さん(82歳)と子どもたちの触れ合いの日々を追ったNHKのドキュメンタリー番組です。「非行の根っこには空腹がある。子どもにお腹をすかせてはいけない」と自宅を開放して手料理を振る舞い、親身に相談にのってくれる「ばっちゃん」は子どもたちの何よりの心のよりどころ。少年院を仮退院した一人の高校生が、まず向かった先が「ばっちゃん」のもとでした。「ばっちゃん」手作りの親子丼を一心に食べ終わった彼の口から出た言葉は、一言、「うまいっす!」。彼のあどけなく、柔らかな笑顔は、昼間、取材で出会った中学生が最後に残した笑顔となんとよく似ていたことでしょう。

ただ、この二人が置かれている境遇の違いのあまりの大きさに愕然とします。前述の中学生から数日後、お礼のメッセージとレポートが届けられました。10,000字に及ぶ力作です。彼の熱意と優秀さには彼自身の日々の努力の積み重ねと共に、家庭環境や学校教育にも恵まれてきたことがうかがえます。対して、今日一日の食事にありつくことだけに必死にならざるを得ない子どもたちがいます。

折しも景気の好調、株価上昇等がニュースで流されている昨今ですが、その影で貧富の格差、とりわけ子どもたちの格差が拡大していることは看過してはならないことです。生きづらさに悩み苦しむ人が一人でもいない社会の構築を目指すことが社会保障の役割であり、「成熟社会」の指標のはず。社会保障の赤字を次世代の子どもたちに背負わせたまま、確かな財源確保の議論もないまま、選挙のたびに急ごしらえのような子育て支援策が打ち出されることに懸念を禁じ得ません。「ばっちゃん」の血のにじみ出るような姿を、単に一人の美談に終わらせてはならない、大谷先生の学園創立記念講演に始まって、大人社会の責任のあり方を深く考えさせられた一日でした。

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