女性の人生、何も変わっていない!

2016年10月03日
恵泉女学園大学学長 大日向雅美

「子育てひろばあい・ぽーと麹町」オープンしました!

10月1日、千代田区麹町3番町に保育機能を備えた子育て支援新施設(「子育てひろばあい・ぽーと麹町」)がオープンしました。私が代表理事を務めているNPO法人あい・ぽーとステーションが千代田区と協働で運営する新施設で、南青山の子育てひろば「あい・ぽーと」(2003年秋開設)に次いで2番目の施設になります。

あい・ぽーとステーションの活動理念は、「子育て支援は親支援」です。そのために老若男女共同参画で地域の育児力向上を目指しています。

「子育て支援」の原点は1970年代のコインロッカー・ベビー事件

NPO法人の活動理念の中核に親支援、とりわけ母となった女性の人生支援を置いていることには、40年余り母親たちの育児困難現象を研究し、その支援の在り方を考え続けている私自身の研究者としての思いが込められています。

1970年代初めに起きたコインロッカー・ベビー事件、と言ってもご記憶の方は少ないことでしょう。今の学生たちにとってはまだ生まれるはるか前のことです。
実母がわが子を殺め、その死体の遺棄場所に駅のコイン・ロッカーが使われたことがきっかけとなって類似の事件が頻発し、コインロッカー・ベビー事件と呼ばれたものでした。

当時、私は大学院生で新米ママでもありました。母親がわが子を殺めるということに大きなショックを受けたのは言うまでもありません。
でも、同時に、コインロッカー・ベビー事件をめぐる当時の社会一般の論調にも違和感と恐ろしさを覚えたのです。育児に苦しむ母親たちを「母親失格」「鬼のような母」と一刀両断の如く切り捨てていたのです。「女性はだれもが生まれながらに母性本能を持っているはず」とする母性観の下で、育児に苦しむ女性たちの声には一切耳を傾けようとすることがなかった時代でした。

確かに、どんなに苦しくともわが子を犠牲にすることが許されることではありません。でも、「母親失格」と断罪することで、解決されるものでもないはず。そんな疑問を胸に抱えて全国をくまなくまわり、6000名近い母親たちの声を聴き続けました。

  • 子どもはかわいい。育児の大切さも十分わかっている。
    でも、育児にだけ明け暮れる日々がこんなに苦しいとは思わなかった。
  • 自分が自分でなくなってしまいそう。私が消えていくみたい。
  • 社会からどんどん取り残されていくようで、怖い。毎朝出勤する夫の後ろ姿がどんどん遠のいて見える。
  • 出口の見えないトンネルをさまよっているみたい。育児がつらい。

こうした言葉をつぶやきながら、数え切れないほどの女性たちが私の前で肩震わせて泣いたのです。
母性愛への信奉が根強かった時代に、「母性愛神話からの解放」を訴えることは、それなりに勇気も覚悟も要りましたし、バッシングの嵐にさらされた時期もありました。それでも主張を変えずに続けられたのは、全国調査で出会った母親たちの必死の声があったからです。

母性愛神話からの解放を訴え続けて

「母性愛神話からの解放」を主張したとしても、私は母親がわが子を愛する大切さを否定したことは一度もありません。
当時の母親たちも、育児の大切さも子どものかわいさも十二分に理解していました。それでも満たされない何かに苦しんでいたのです。
それは何なのか? 
母親が心からわが子を愛おしく思い、子育てに喜びを感じることができるためには、母性本能論ではけっして解決されない何かを、母となった女性たちが懸命に求めようとしていたのです。

それは自分らしい人生を歩みたいという願いだったのではないでしょうか。
自分の人生に自分でキャスティングボードを握りたい、一人の女性として、人間として、社会に触れ、社会の役にも立ちたい、それがひいては子どもや家族を愛せる女性となることではないか。

自分が消えていくみたいという悲痛な声に込められたこうした思いにいかに応えるかを模索すること、それが真の女性の活躍を願うことにつながるのではないかと思うのです。

そんな願いを抱え続けていたとき与えられたのが、港区南青山の旧幼稚園跡地の活用でした。
全国の母親たちの声に応える企画・プログラムを次々に実施できる現場を与えられたことは、本当に有り難いことでした。
母となった女性が、自分をみつめ、明日の自分の生き方を考える時間と心のゆとりをもってもらうために、安心して、いっときでも子どもから離れる時間を提供する施設内外での「理由を問わない一時預かり」を実施しました。子育て中だからこそ視野を広く、足元の暮らしから国際問題等まで学ぶ講座の開催、そして、子育て中の親や家庭を支援する「子育て・家族支援者」の養成にも努めてきました。
共に働く志のあるスタッフに恵まれ、長年の悲願を少しずつでも実現することがかなえられてきた13年間でした。恵泉の卒業生もそのメンバーに入って大活躍してくれています。かつての教え子たちと共に働ける喜び、これに勝るものはありません。

何も変わっていない!二世代にわたって、女性が同じ涙を流している!!

こうして振り返ってみれば、コインロッカー・ベビー事件から40年余り、今、社会や地域をあげて子育て支援に注力する時代を迎えています。13年前、南青山で提案した「理由を問わない一時預かり」も、当時としては目新しく、それだけに懸念の声も少なくありませんでしたが、今では実施している自治体が各地に増えています。

「子育て・家族支援者」養成は、港区・千代田区・浦安市・高浜市・戸田市等で1600名を超える認定者が誕生しています。団塊世代男性も加わり、文字通り老若男女共同で地域の育児支援を行う土壌も整いつつあります。こうした人材養成の意義が認められて、昨春から国の「子育て支援員」研修へと発展することができました。

時代のベクトルは確かに良い方向に向かっていると思いたい。
でも、冷静に見つめてみれば、母親たち、女性たちの人生は、残念ながらまださほどに変わっていないことも事実です。

先日、ある講演会で出会った若い母親の声が忘れられません。
会場の前列に座って、私の言葉を一言一句漏らさず聞こうとするかのような真剣なまなざしを向けていた若い女性が、やがて目からハラハラと涙を落としたのです。
「私の人生、こんなはずではなかったんです・・・」とつぶやきながら。
「結婚・子育てで、私の人生、こんなに変わってしまうなんて...。何も変わらない夫の生活を見ていると、うらやましい。でもこんなこと言う私は母親に向いていない。自己嫌悪の毎日です」

この女性は母世代が流した涙と同じ涙を流しているのです。女性たちが二世代にわたって同じ涙を流しているのです。
何も変わっていない! 

そういえば、かつての全国調査で出会った母親たちの声を集めて出版した本『子育てと出会うとき』(1990年 NHK出版)の復刻版が刊行されたのも3年前の2013年でした。古書店を歩いていた若い編集者がたまたま手にして、これは今のお母さんたちの声だと痛感して復刻を決意されたことでした。タイトルは『みんなママのせい?』(静山社)と変わったのですが、中身の大半は無修正で刊行した時の複雑な気持ちも改めて思い出さざるを得ませんでした。

女性の活躍促進が言われている今、それは一体誰のためのものなの?
どこに、誰のもとに届けられているの?
女性の活躍促進が言われている今だからこそ、改めて「子育て支援は女性の人生支援」を続けなければならない。そんな思いで麹町の開所式に臨みました。

この日は恵泉から中山学園長・川島副学長・野間田学長室長もお祝いにかけつけてくれました。
大学が掲げている「女性の生涯就業力」を磨く理念を社会人へと広げる講座を、この秋から麹町で、来春は青山のそれぞれの施設で開講する予定です。

前列左端は石川雅巳千代田区長