北アメリカ

「アメリカ合衆国独立の聖地」(独立記念館)

2013年10月28日

1776年7月4日、イギリス植民地であった13邦(のちに州)の代表が集り、トマス・ジェファソンが起草したアメリカ独立宣言に署名した場所(もとはペンシルバニア州の議事堂)。「全ての人は生まれながらに平等であり、生命、自由、幸福を追求する権利を与えられていることを自明の真理であると信ずる」と謳い、イギリス国王ジョージ3世の専制的な植民地支配を非難した。ヨーロッパに向けて発せられた強い声明文は外にオランダやフランスの支援を仰ぎ、内では独立運動を一気に加速させた。さらに、1787年には憲法制定会議もここで開催され、世界最古の近代的成文憲法である現行アメリカ合衆国憲法が生まれた。アメリカ議会の上院、下院の名は、フィラデルフィアが首都であった1790-1800年、元老院を2階、代議院を1階で開催したことに由来する。

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独立記念館

野生動物の楽園への長い道のり‐イエローストーン

2012年10月15日

アメリカ北西部、ワイオミング州、モンタナ州、アイダホ州の3州にまたがるアメリカ最大規模の自然公園。間欠泉などの熱水現象、大草原の景観、野生動物の宝庫として、1872年世界初、アメリカ初の国立公園となった。(州立公園となっていたヨセミテはおくれて国立公園になっている。)岩肌が黄色いことから名の由来となったイエローストーン川が大渓谷を刻む。

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共和国の夢と悪夢‐シャーロッツヴィルのモンティチェロとヴァージニア大学

2012年08月27日

「独立宣言は、アメリカ人の精神を表明することを目的とした」と語ったトマス・ジェファソンは同僚たちと共有した平等観、政治的・経済的自由への思いを独立宣言(1776年)に凝縮した。イギリス植民地人がアメリカ大陸で共有出来た格差のなさの象徴であった。しかしそれを可能にしたのは、植民地経済を支えていた奴隷制であった。300万人の新しい独立国が、危うい基盤に立っていた事実は、ジェファソンみずからが設計したヴァージニア州の私邸モンティチェロ(世界遺産、イタリア語で「小さな山」)を俯瞰すると見えてくる。

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ウォータートン・グレイシャー国際平和自然公園(アメリカ合衆国)

2012年01月18日

カナダ、アルバータ州ウォータートン・レイク国立公園とアメリカ合衆国、モンタナ州、グレイシャー国立公園の国境を跨ぐ世界自然遺産。平和の名とはうらはらに、南、アメリカ側、グレイシャー国立公園で最近まで訴訟が続いていた。その地を自らの大地として繁栄していた、先住民族ブラックフィートの子孫が合衆国政府からの不当な扱いの賠償を求めて戦ったからである。争いはアメリカ合衆国の西進によって狭められた先住民の地をさらに、国立公園の指定(1910年)が追い討ちをかけた20世紀初頭にまでさかのぼる。先住民が押し込められた居留地さえも、国立公園の名のもとに奪われていった歴史がこの遺産の背景にある。

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ヨセミテ国立公園(アメリカ合衆国)

2011年09月29日

アメリカ合衆国、カリフォルニア州中央部、シエラネバダ山脈の西山麓にひろがる原生地域。ジャイアントセコイアの巨木、氷河が刻んだそそり立つ花崗岩の絶壁や巨大な滝で知られる。1850年代のゴールド・ラッシュによって流入した白人が当時この地にいたアワニチ族を敵対する部族が呼んだ呼称『ヨセミテ(殺し屋)』を誤って、地名としたという。今日ではロッククライマーの聖地とよばれ世界中から人が集まる

自然遺産としての登録だが、アメリカ文化の視点からは、文化遺産といっていい。世界に先駆けて生まれた「国立」公園の発想の原点がここヨセミテだからである。アメリカにおける国立公園の理想は「万人」に開かれた公園として後世に残すというというもので、「万人」の平等を掲げた独立宣言にも匹敵するとみなされてきた。ヨセミテ渓谷を新大陸における『カテドラル』と呼び、神聖、犯されざるものとして、開発と闘ったジョン・ミューアの功績が大きい。時の大統領、セオドア・ルーズヴェルトと3日間、ヨセミテでキャンプした話はことに有名で、その後のルーズヴェルトはミューアが乗り移ったといわれるほど、各地に国立公園を指定する功績を残す。

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