世界遺産ブログ

歴史文化学科ではブックレット『世界遺産―歴史と文化の学び方』を作成しました。
ぜひご覧ください。
郵送をご希望の方はnyushi@keisen.ac.jpにお問い合わせください。

 

世界の様々な地域の歴史・文化を専門とする教員が集う文化学科が、貴方を世界遺産の旅へご案内します。

恵泉ディクショナリー

キューガーデン(イギリス)

2012年01月16日

イギリス人の優れた国民性のひとつに、物を集めて整理し、それを公開するという能力がある。ロンドンにある大英博物館とキューガーデンはその結集といえる。特に、キューガーデンには植物好きなイギリス人でしか成し得ない膨大な資料が蓄積されている。

キューガーデンはロンドンの南西部にあり、地下鉄が都心につながっているので交通の便がよく、年間100万人もの来園者がある。正式にはキューにある王立植物園で、英語ではRoyal Botanic Garden, Kewと書く。広さは132ha。園内は芝生に樹木が茂る風景式庭園となっていて、温室、宿根草展示園、ロックガーデン、バラ園、日本庭園、中国風のパゴダ(塔)などが点在する。また、園内では来訪者のための植物や生態・環境に関する講座も頻繁に開かれ、飽きることない植物に関するテーマパークとなっている。

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パームハウス 1848年に建てられたヴィクトリア朝時代の温室

天壇:北京の皇帝の廟壇(中華人民共和国)

2012年01月10日

現在の北京にある天壇は、明の永楽帝(えいらくてい。在位1402-24)が築いた大祀殿に始まるもので、清の乾隆帝(けんりゅうてい。在位1736-95)の治世に整備された。清末に焼失したが、現在のものは乾隆年間の様相を復元したものである。
中国では古来、天を祭祀する儀式が皇帝によって行われてきた。その位置は原則として南郊(なんこう。都の南側の郊外)で、北京の天壇も紫禁城(現在の故宮博物院)の南にある。北京の天壇は、明・清両王朝の歴代皇帝が祭天の儀を行った場所であった。永楽帝の頃には天と地を一緒に祭祀していたが、後に天壇は天のみを祭祀する場となり、地の祭祀は北郊の地壇で行うこととなった。現在の北京の安定門外にある地壇公園がそれである。

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エディンバラ(イギリス)

2011年11月29日

今回は私が1984~1985に留学をしていたスコットランドのエディンバラを取り上げます。イギリスと一口に言いますが、実際にスコットランドに行くと日本でいうイギリスという国名は存在しません。あくまでもイングランドとスコットランドとウエールズと北アイルランドがあるだけなのです。そういえばラグビーとかサッカーの世界大会は上述したそれぞれの国が一国家として出場しています。以前は別々の独立国であったからとはいえ、少なくとも現在の国連に登録されている国の名はイギリス一つであるのだから、ずるいと言えばずるいのです。(しかし不思議なことにイギリスが四分割されているのに、それぞれの国は結構強い)けれどもイギリスではそんな国際的常識は通用しません、世界に冠たるイギリスの歴史は覆されるはずもなく、それぞれの国は今でも独立国家なのです、ただし厳密には元国家である一地方にすぎません。

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フランソワ1世の見果てぬ夢 フォンテーヌブローの宮殿と庭園(フランス共和国)

2011年10月31日

16世紀のフランス美術の方向性は、イタリア・ルネサンスとの出会いによって決定づけられる。1494年のシャルル8世によるイタリア侵攻以降、数々の王がアルプスを越えて南へと向かった。中央集権の進むフランスは、分裂状態にあったイタリア諸都市を軍事的に圧倒したが、文化の面では逆にイタリアの虜となる。後世の伝記作者ジョルジョ・ヴァザーリの伝えるところによれば、ミラノを占領したフランス王ルイ12世はレオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》に魅了され、本国に持ち帰るためにあらゆる手段を講じたという。繊細な壁画を損傷せず移動することの困難から、結局は《最後の晩餐》はミラノに残されることになったが、この時代には実に多くの作品がイタリアからフランスへと運ばれていった。レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》や《聖母子と聖アンナ》、ラファエッロの《美しき女庭師》など、現在ルーヴル美術館を飾る多くのイタリア・ルネサンスの名品は、この時代にフランスにもたらされたものである。フランスを席巻したイタリア美術趣味には、かつて古代の大国ローマが衰退するギリシアの美術を全面的に受け入れた現象との共通点を見出すこともできるだろう。

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イスラム庭園の華 アルハンブラ宮殿とフェネラリーフェ離宮(スペイン)

2011年10月04日

世界のイスラム庭園の中で最も美しいと称されているアルハンブラ宮殿とフェネラリーフェ離宮はスペインの古都グラナダにあります。グラナダはスペインの最も南にあるアンダルシア地方の中心都市のひとつで、711年から1492年までイスラムの支配下にありました。特に、1246年からこの地を治めたナスル王朝は繁栄し、その治世にアルハンブラ宮殿とフェネラリーフェ離宮は完成しました。1492年にこの地を奪還したキリスト教徒であるイザベル女王はこれらの宮殿を破壊することなく維持し、それから500年余を経た今日も当時の宮殿が残されています。

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アルハンブラ宮殿

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