世界遺産ブログ

歴史文化学科ではブックレット『世界遺産―歴史と文化の学び方』を作成しました。
ぜひご覧ください。
郵送をご希望の方はnyushi@keisen.ac.jpにお問い合わせください。

 

世界の様々な地域の歴史・文化を専門とする教員が集う文化学科が、貴方を世界遺産の旅へご案内します。

恵泉ディクショナリー

中世を生きる町 ― アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群(イタリア)

2012年06月04日

中世も終盤に差し掛かった13世紀以降のヨーロッパでは、托鉢修道会と呼ばれる共同体が発展する。キリスト教精神に則って集団生活を営む修道会は古くから存在したが、13世紀に相次いで設立されたフランチェスコ会やドメニコ会などの托鉢修道会は、私有財産を所有せず、修道士たちは托鉢によって得た施しによって生活を営んだ。

イタリアにおける托鉢修道会の創出に多大な貢献をしたのがアッシジのフランチェスコ(1182-1226)である。アッシジの富裕な商人の息子として生まれたフランチェスコは、町の郊外のサン・ダミアーノ聖堂で神の声を聞き宗教生活に身を投じたという。フランチェスコは現世的な富を放棄し、仲間とともに粗末な衣服を腰で荒縄で留めただけの姿で布教活動を行った。彼らの活動は教皇インノケンティウス3世にも受け入れられ、「小さき兄弟会」、通称フランチェスコ会が設立される。

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サン・フランチェスコ聖堂正面

チチェン・イッツァ:古代マヤ文明の都市遺跡(メキシコ合衆国)

2012年02月28日

チチェン・イッツァは、メキシコ、ユカタン半島のサバンナ地帯に栄えた古代マヤ文明の代表的な都市遺跡である。チチェンはマヤ語で「泉のほとり」、イッツァは「魔術師<イッツァ族」を意味し、その名の通り、そこはかつてマヤ系イッツァ族によって巨大なセノーテ(石灰岩地表の陥没穴に地下水が貯まった天然の泉)を中心に築かれた都市であった。イッツァ族はこの都市を建設した後、7世紀頃に一度姿を消すが、その後10世紀初頭に、メキシコ中央高原の好戦的なトルテカ文明の影響を受けたイッツァ族末裔が再移住して再興した。よってこの遺跡は、遺跡南側の旧チチェン(5~7世紀)のエリアと、トルテカ・マヤ様式に彩られた北側の新チチェン(10~13世紀)の二つのエリアに分けられる。

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エル・カスティーリョ

マグロと七福神(日本)

2012年01月24日

2012年が明けて東京は築地市場、正月5日の初競りで一匹269キロのクロマグロが5,649万円という史上最高値で落札。「役者」は津軽海峡を回遊していて大間であがった。さぞ、幸せだったろうとマグロの気持ちを代弁した報道アナウンサーがいたが、「おい、本当はどうだい?」と人の胃袋におさまる前に聞いてみたかった。役者を見送った北の海の「花道」が今日は大寒の朝を迎えている。

破格の話題に関心も高かろうと制作されたTV番組であったのか、この頃に偶然にも素人が目にすることもないマグロ漁をみた。場所は竜飛崎、一本釣りするその漁師の心臓にはペース・メーカーが入っているという。自分の体重を優に超えるマグロを引き上げる壮絶な修羅場、その時だ。海に飲まれんとする釣竿をさばくその手は暴れる心の臓を鎮めんとしてまた七転八倒、ぐいと水をつかんで大飲みする姿が仁王立ち。驚いた、その漁師の口から「弁天様!」という絶叫がついて出た。

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ウェストミンスター宮殿(イギリス)

2012年01月23日

現在ウェストミンスターは特別区としてロンドンの一部となっているが、元来は異なる都市であった。「シティ」と呼ばれて金融街の代名詞のように用いられている旧市街のロンドン市(the City of London)とは別に、テムズ川を少し遡ったところにウェストミンスター市(the City of Westminster)はあった。「ウェストミンスター」という地名は「西方の修道院」 (West Monastery) の省略形であるとも言われる。ロンドン市にセント・ポール寺院があるように、ここにはウェストミンスター寺院が聳える。

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ウォータートン・グレイシャー国際平和自然公園(アメリカ合衆国)

2012年01月18日

カナダ、アルバータ州ウォータートン・レイク国立公園とアメリカ合衆国、モンタナ州、グレイシャー国立公園の国境を跨ぐ世界自然遺産。平和の名とはうらはらに、南、アメリカ側、グレイシャー国立公園で最近まで訴訟が続いていた。その地を自らの大地として繁栄していた、先住民族ブラックフィートの子孫が合衆国政府からの不当な扱いの賠償を求めて戦ったからである。争いはアメリカ合衆国の西進によって狭められた先住民の地をさらに、国立公園の指定(1910年)が追い討ちをかけた20世紀初頭にまでさかのぼる。先住民が押し込められた居留地さえも、国立公園の名のもとに奪われていった歴史がこの遺産の背景にある。

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