アジア

アンコール遺跡とフランス―偉大さの象徴を求めて

2012年10月01日

ユネスコの世界遺産リストによると、400km2の広がりを持つアンコールは、9世紀から15世紀のクメール帝国の首都の遺跡であるという。その存在は、16世紀にはヨーロッパに伝えられていたものの、1863年にフランス人のアンリ・ムオが再発見したことによって、広く知られるようになった。
19世紀は、フランスがイギリスその他の列強と争いながら、植民地を拡大していた時代であった。カンボジアは、1867年にフランスの保護国となり、1887年にはフランス領インドシナに編入される。アンコール遺跡群の周辺は、タイとの調整を経て、1907年にフランスの統治下にはいった。

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アンコール・ワット遠景

テルアヴィヴのホワイト・シティ―近代建築運動

2012年09月24日

ここ20年ほどで、19世紀から20世紀に作られた近代建築を保護する動きは非常に盛んになった。古代や中世の建造物の保護が19世紀にはじまったのに対し、新しい建造物はどんどん建て替えられる傾向にあったが、最近は20世紀に入ってから作られた建物でも、改築したり、修復したりして再利用することが増えてきた。日本では1993年に重要文化財の種別として「近代化遺産」というカテゴリーが設けられた。それは、「近代」という時代が、ある意味で過去のものと捉えられるようになったということでもある。

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ロスチャイルド大通りの街並み

イスラーム社会における仏教・ヒンドゥー教の石造建築物

2012年09月10日

インドネシア中部ジャワ州にあるボロブドゥール寺院遺跡群とプランバナン寺院遺跡群は、ともに1991年に文化世界遺産に登録された。
ボロブドゥール寺院遺跡群は、ジョクジャカルタ特別州の州都ジョクジャカルタの北西約40kmにある大乗仏教の遺跡であり、ボロブドゥール寺院、ムンドゥッ寺院およびパオン寺院の三つで構成されるが、周辺には多くの仏教関係の遺跡が散在する。シャイレーンドラ朝の790年代に建設が始められ、830年ごろに増築も終わったとされている。その後は、当時インドネシアを統治していたイギリスのラッフルズ提督の命を受けた探検隊によって1814年に発見されるまで、1000年近くもの間、熱帯雨林の土の下に眠っていた。ボロブドゥール寺院は内部空間を持たない高さ約40mにも達するピラミッド状の石造建築物で、一番下の基壇は一辺約120m、第二層から第六層までは方形壇、その上の第七層から第九層までは円形壇という全体で九層の階段状の構造で、仏教の欲界・色界・無色界の三界を表現している。五層の方形壇にめぐらされて回廊の壁面には、1460面におよぶ釈迦誕生にかかわる仏教説話のレリーフが彫られている。さらに、方形壇の回廊の壁龕と円形壇上の釣鐘状のストゥーパ内部には1体ずつ、総計504体の仏像が安置されている。

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アジアに息づく琉球・日本の中で閉塞する「沖縄」‐琉球王国のグスクおよび関連遺産群

2012年09月03日

日本の伝統的領土の中では、古代の曖昧なものを除いて、正式な「王国」は存在しない。そして、当時の「大和」の外に存在していた例外が琉球王国であり、1429年に尚巴志王の三つの勢力の統一によって成立し、1879年の日本政府による「琉球併合」により、尚泰王をもって450年の歴史に幕を下ろした。しかし、この世界遺産の構成資産の中核である「グシク」が栄えた「グシク時代」は、琉球王国の時代と同じではない。「古琉球」と呼ばれる時代に一致するが、それは12世紀に琉球諸島の住民が定住を始めた時代から、1609年に薩摩藩による琉球侵攻が行われた時代までを指すことが多い。9遺産の内、最も古い今帰仁グスクは13世紀の築城と言われ、1799年に完成された識名園を例外とすれば、1501年、1519年にそれぞれ建設された玉陵や園比屋武御嶽石門も、琉球王国で最も長く王位についた尚真王時代の遺跡である。

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首里城正殿

カムイのものはカムイへ ―自然をめぐる国家と民族―(日本)

2012年07月17日

知床は、日本では、屋久島、白神山地に次いで3番目に登録された7万1100ヘクタールに及ぶ広大な自然遺産である。流氷による大量のプランクトン、サケ、マスなどの遡上魚、遡上魚を捕食するヒグマ、シマフクロウ、オジロワシ、その他トドなどの海獣やクジラから構成される、対岸のクナシリ島を含めた海と陸の生態系が連鎖する貴重な空間として評価された。それに加え、4番目の小笠原諸島を加えた自然遺産の中でも、知床は独特の条件をもっている。その名前「シレトク(sir-etok)」はアイヌ語で「大地の行き詰まり」を意味し、名所である「カムイワッカ(kamuy-wakka)」の滝も同じく「魔の水」を表している。(この滝の水は、硫黄山から流れる有毒な水で、この場合の「カムイ」は「荒らぶる神=魔」を表している。)つまり、この自然豊かな土地は、もともと先住民族・アイヌ民族の伝統的な領土の一部であるということだ。そして、日本という国家の視点と先住民族の視点は、重要なすれ違いを起こすことがある。

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海から見た知床

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