2011年10月

フランソワ1世の見果てぬ夢 フォンテーヌブローの宮殿と庭園(フランス共和国)

2011年10月31日

16世紀のフランス美術の方向性は、イタリア・ルネサンスとの出会いによって決定づけられる。1494年のシャルル8世によるイタリア侵攻以降、数々の王がアルプスを越えて南へと向かった。中央集権の進むフランスは、分裂状態にあったイタリア諸都市を軍事的に圧倒したが、文化の面では逆にイタリアの虜となる。後世の伝記作者ジョルジョ・ヴァザーリの伝えるところによれば、ミラノを占領したフランス王ルイ12世はレオナルド・ダ・ヴィンチの《最後の晩餐》に魅了され、本国に持ち帰るためにあらゆる手段を講じたという。繊細な壁画を損傷せず移動することの困難から、結局は《最後の晩餐》はミラノに残されることになったが、この時代には実に多くの作品がイタリアからフランスへと運ばれていった。レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》や《聖母子と聖アンナ》、ラファエッロの《美しき女庭師》など、現在ルーヴル美術館を飾る多くのイタリア・ルネサンスの名品は、この時代にフランスにもたらされたものである。フランスを席巻したイタリア美術趣味には、かつて古代の大国ローマが衰退するギリシアの美術を全面的に受け入れた現象との共通点を見出すこともできるだろう。

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イスラム庭園の華 アルハンブラ宮殿とフェネラリーフェ離宮(スペイン)

2011年10月04日

世界のイスラム庭園の中で最も美しいと称されているアルハンブラ宮殿とフェネラリーフェ離宮はスペインの古都グラナダにあります。グラナダはスペインの最も南にあるアンダルシア地方の中心都市のひとつで、711年から1492年までイスラムの支配下にありました。特に、1246年からこの地を治めたナスル王朝は繁栄し、その治世にアルハンブラ宮殿とフェネラリーフェ離宮は完成しました。1492年にこの地を奪還したキリスト教徒であるイザベル女王はこれらの宮殿を破壊することなく維持し、それから500年余を経た今日も当時の宮殿が残されています。

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アルハンブラ宮殿

エル・エスコリアル(スペイン)

2011年10月01日

世界遺産として多くの観光客を集めるエル・エスコリアル(Real Monasterio de San Lorenzo de el Escorial)は、マドリッド西北50キロに位置する修道院である。厳密には、修道院というだけでなく、教会、王宮、神学校、図書館を含む複合施設である。マドリッド市内で既に標高650メートル程であるが、エル・エスコリアルが建つ場所は1000メートルを超える高台であるから、夏場も幾分涼しく、今日では避暑のための別荘が建ち並ぶ。
エル・エスコリアルはスペイン国王フェリペ2世の命によって建てられた。建設は1563年に始まり、1584年に一応の完成を見ている。1561年にトレドから遷都したばかりのマドリッドでは、新都の建設が急がれていたはずである。市内では、イスラム時代の王城(アルカサル)が改築されて、すでに王宮として使用されていた。フェリペは複数の王宮を季節によって使い分けていて、春をアランフェス、夏をエル・パルド、秋をエル・エスコリアル、冬をマドリッドの王宮で過ごすというのが、基本パターンとなる。

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