タイ・チェンマイからの手紙 「長期フィールドスタディ」体験記

恵泉女学園大学では、日本や外国を理解する際に、机上の知識だけでは学び取ることのできない人間的な理解こそ必要だと考えています。恵泉女学園大学では国外現地授業として、約5ヶ月間タイで実施される長期フィールドスタディが用意されており、今も、多くの学生が現地で学んでいます。そんな様子を学生の皆さんが現地からレポートいたします。

カンチャナブリフィールドトリップ事前準備授業:泰緬鉄道と日本の戦争史

2018年08月18日  投稿者:国際社会学科3年 井原美波

8月16日は、翌日からのカンチャナブリフィールドトリップの事前授業として、京都精華大学名誉教授のデイビット・ボゲット先生に、泰緬鉄道と日本の戦争史についてお話ししていただきました。

泰緬鉄道とは、日本からミャンマーのヤンゴンまで行こうとしていた日本軍が、イギリスの支配していたインド洋を通ることができなかったために、自分たちが海路で行くことのできるバンコクより北のミャンマーまでを陸路で行けるようにするために建設した鉄道です。 この鉄道の建設には、日本の捕虜となっていた連合軍や、当時日本が支配していたマレー半島、インドネシア、ビルマ(ミャンマー)、タイ、インドシナなどの市民 が動員されました 。その中でもアジア人たちは一般市民にもかかわらず強制的に働かされ(彼らのことを労務者と言います)、 戦後も自分の国へ帰ることができなかった人もいます。

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チェンマイ戦没者慰霊祭に参加して

2018年08月17日  投稿者:国際社会学科3年 井原美波

終戦記念日である8月15日は、チェンマイ郊外にあるバ ーンガート中学・高等学校で行われたチェンマイ戦没者慰霊祭に参加しました。なぜ学校の敷地内で行われたかというと、この地に多くの日本兵の遺体が埋まっていたためです。この学校の追悼之碑がある場所は、大平洋戦争が勃発していた当時、サンカヨオム寺という廃棄された寺院の古井戸でした。その寺院は日本兵がミャンマー(当時のビルマ)からチェンマイへ向かうときの休憩場所 となっていたのですが、インパール作戦に失敗しタイへと逃げてきた日本兵 は、十分な食事や薬がなかったため、飢えやマラリアなどで次々に亡くなっていきました。北タイの人々はこのような劣悪な状況からやってきて飢えや怪我に苦しむ日本兵たちのお世話を親身になってしてくれたそうです。

バーンガート中学・高等学校にある追悼之碑

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チェンマイ市芸術文化センター訪問

2018年08月16日  投稿者:国際社会学科3年 井原美波

8月9日、チェンマイにあるチェンマイ市芸術文化センターを訪問しました。ここでは、北タイがどのように発展してきたのかを知ることができます。英語とタイ語で説明があり、模型や映像による展示は分かりやすかったです。このセンターはタイ長期フィールドスタディの3期生がお世話になった体験学習先でもあります。

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北タイ料理作りに挑戦

2018年08月14日 

8月11日、チェンマイ市内にあるローカルウィズダムスクールで、北タイ料理のナンプリック(焼き唐辛子を潰してペーストにしたもの)を作りました。ローカルウィズダムスクールは、北タイの伝統的な知恵、文化を継承するために、定期的に北タイのランナー文字、料理、音楽、踊り、剣の舞、織物などの教室を開いています。

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体験学習テーマ発表

2018年08月13日  投稿者:国際社会学科3年 根岸幸子

8月8日、2か月にわたる現場での体験学習をサポートしてくれるNGO団体、ISDEP (Institute for Sustainable Development Education Promotion)を訪問し、スタッフの前で体験学習テーマについて発表しました。ISDEPは、1981年に設立され、1995年に財団化されたNDF (Northern DevelopmentFoundation) のプロジェクトの一つで教育を中心に活動しています。村人の考えや学びを聞きアドバイスを行ったり、若手のNGOワーカーを対象にどのように開発を進めるべきかを指導する活動をしています。

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