大町 麻衣 さん 日本文化学科

■卒業年:2006年3月
■勤務先:法政大学サステイナビリティ研究機構

私は2006年に日本文化学科を卒業し、三井住友銀行に勤めたのちに大学院に入り、2010年に修士課程を修了しました。学部生時代には授業を通してハンセン病、平和、文化、ジェンダーなど様々なことに触れ、学ぶことのおもしろさを知ったように思います。学科を越えておもしろそうな授業はできるだけ履修したり、韓国に交換留学するなど、勉強嫌いだった中高生時代の自分からは考えられない充実した日々でした(笑)。学科の分け隔てなくサポートしてくださる先生がたくさんいるので、自分の興味を積極的に広げることができました。

卒業後に入社した三井住友銀行では金融の知識はもちろんのこと、「人がなにを求めているか。それにどう応えるか。」ということを徹底的に身につける日々でした。二年間という短い期間でしたが社内コンテストに挑戦させてもらうなど、多くを学びました。
退社後は「韓国のハンセン病」について研究するため、恵泉の大学院に入学しました。恵泉は物事を俯瞰で眺めるだけでなく、自分の足で現場に行き、目、耳を使って実際に触れることを大切にしているので、私も自然と大きな鞄を抱え韓国で電車やバスを乗り継ぎ山奥まで出かけて行くようになっていました。韓国のハンセン病コミュニティである定着村という場所を渡り歩き、住民の方々へのインタビューを通して、定着村で生きていくということがそれぞれの人にとってどのような意味のあることなのかを自分なりに考察しました。それは自分の中にある、「自分とは異なる存在」を遠ざけようとする心理だったり、自分だけは決して差別する側には回らないだろうという傲慢さと向き合う作業でもありしんどいこともありましたが、同級生や多くの先生方に支えられ無事修了することができました。修了後は、法政大学サステイナビリティ研究機構の環境アーカイブズで資料の整理等の仕事をしています。環境アーカイブズは国内外の環境問題、環境政策、環境運動の資料を幅広く収集・整理し、社会的公開をすることを目的として設立されました。資料の多くは公的機関ではなく市民運動団体や個人が所有しており、今までは運動団体の解散や個人の引退などにより資料が散逸してしまっていました。そのような資料の寄贈・寄託を受け、修復や整理・公開をする作業というのは、私が韓国の定着村で見せてもらったチラシの裏に書かれた日記だったり、聴かせてもらった話を大切に整理するという作業に通ずるものがあると感じています。現在は九月に産まれたばかりの我が子の育児に追われる日々ですが、四月に復職予定です。ゆくゆくは、文字になっていないような「声」も収集し、残していけるようにするのが目標です。

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