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2009年6月 恵泉だよりvol.2

2010年度の大学案内ができあがりました。テーマコンセプトはDesign YourSELFです。

2010年度 大学案内恵泉を志望してくれる高校生の多くは、おそらくごくごく普通の女子高生なのでしょう。つまり特段の得意意識を持てる領域があるわけでもなく、社会への強い関心を抱いているのでもなく、様々な問題に対して、自分で考えて行動するほどの積極性に乏しく、どちらかというと人の意見に流されて動いてしまう―――こう書くと欠点ばかり意地悪く数え上げているようですが、実はそれが最近の平均的な高校生像なのだし、更に視点を広げればわたしたち日本人の一般的な姿なのかもしれません。

しかし、恵泉は敢えて「欲ばり」でいたい。私たちは平均点を取れれば良い、他人と同じなら安心だと考えて自分を安売りして欲しくない、と考えています。恵泉の「教育」は、若い女性たちに、様々な問題に対して、多様な角度から物事を考え、自分自身の判断に基づいて行動できる力を身につけてもらうことを目標に掲げています。自分の人生のキャリアを、自分で主体的にかたちづくってゆける社会人になって大学を巣立って欲しい。つまり、自分の人生を自分でデザインできるようになって欲しいのです。
そんな学生を、いかに育ててゆくか。それが恵泉の教育に与えられた課題であり、社会的使命でもあると考えます。新しいパンフレットを作りながら、決意を新たにし、その思いをDesign YourSELFという言葉に託しました。

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見えないイジメ、暴力からいかに逃れるか

教員たちは「見えない恐怖」にさいなまれている。

「学校裏サイト」や「プロフ」と呼ばれる携帯電話向けのウェブページが子どもの間で流行している。有用な情報交換や自己(プロフィール)紹介に留まるうちはいい。他愛ない話題がいつしかエスカレートし、1人の悪口を皆で書き込むような陰湿なイジメに転じる。ショックで不登校に至ってしまう子どもも少なくないという。

眼に見える教室風景の向こう側に、見えない暴力の世界が広がっている。そんな状況を憂慮して、子どもから携帯電話を取り上げる動きもあるが、それでは緊急時に子どもと連絡が取れず、かえって彼らに危険を強いることもあろう。対症療法は解決に繋がらない。子どもがなぜ暴力的になるのか。根本的な解決策を探る必要がある。

イジメの背後には
人権についての無理解がある

インドFS人権論専攻の恵泉女学園大学教授・上村英明は最近の学生に触れて感じることがあるという。「権利の主張を、わがままを貫くことだと勘違いしているケースが、残念ながら若者にも見られる」。

他者の権利の主張を真摯に配慮し、自発的にその実現に務めようとする姿勢に欠ける社会では、権利という言葉が空転せざるをえない。多くの大学生が権利=「わがまま」と感じているのは、正しい理解が伴わぬまま「権利とは守らなければいけないもの」として、強制される義務の感覚でそれと向き合ってきたからだろう。

たとえば高校までの教育でも、部落差別の問題等をモチーフとして人権、権利について十分に時間を掛けて教えてきたはずだ。それでも人権への理解が難しかったのだとしたら―――、ビデオ教材などを利用した人権教育では、権利を主張しなければならない境遇に置かれたひとへの「実感」が伴わなかったからではないか。

CSLの様子(特別養護老人ホームにて)恵泉女学園大学ではそんな欠落を補う教育方法を積極的に取り入れている。国内外への長期、短期フィールドスタディ(FS)プログラムが様々に用意され、地域貢献の実践を通じて学ぶコミュニティサービスラーニング(CSL)にも力を入れる。それらはただ見聞を広げるだけの現地研修や職業訓練ではない。世の中には様々な境遇の人がいると知り、不遇な立場にいるひとが権利を主張しなければならない必然性を理解する、「血の通った」人権教育の場でもあるのだ。

そして、上村は授業では権利侵害の状況をいかに改善してゆくか、具体的手続きも教える。それは「わがまま」を実現する手法を教えることではもちろんない。権利回復の必要性について理解を得るためにいかにコミュニケーションをはかるか。権利保護を制度的に実現させるためにいかに行政と関わり、民主的な手続きで状況を改善してゆくか――。少数民族、特にアイヌの人たちの権利回復を手伝ってきた市民運動家でもある上村の経験が、そこに反映される。

隣人と自分自身を共に尊重し
暴力を手段としない道を示す

権利を「わがまま」の別名だと思っている若い世代は、実は自分の権利も正しく主張できない。「〈上〉や〈横〉にむかって自分の意見をきちんと伝えられない。それが〈下〉、つまり弱い存在にむけて暴力をふるってストレスを発散することに繋がるのではないか」と上村は考える。

大和民族を指すアイヌ民族の言葉「シサム」は、「本当の隣人」という意味なのだという。相手に対して攻撃的になったり、逆にその存在を全く無視するのではない。義務的につきあうではなく、「本当の隣人」として親しく思いやる。そんな関係を他者と切り結べる大人に育つこと。そして「本当の隣人」の隣人である自分自身の尊厳をも守れるようになること。イジメに長く苛まれて、あるいは自らもイジメに関わり、そこから逃れられなくなって苦しんでいたかもしれない若者たちに、恵泉は教育を通じて手を差し伸べたいと思っている。

文責:日本語日本文化学科 教授 武田 徹

バングラデシュFS(補習学校)

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